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2006年2月28日 (火)

ジャガイモの植え付け

 晴れたり降ったり、この季節は晴れの日が二日と続かない。午後から次第にくづれるとの天気予報である。

今日こそはジャガイモの植え付けをやろう。

 朝、軽トラを運転して、20分くらいの山の中、養豚場の豚糞置き場へ行って、軽トラ一台に豚糞(細かい木屑をまぶしてある)を満載して畑に運んだ。無料なので、随分遠くからも農家が取りに来る。

 大根、ネギ、春菊、チンゲン菜、子蕪の収穫後の畝の草をとり、豚糞をたっぷり蒔いて、クワで耕した。三つの高い畝を作り、畝の真ん中を低くして、堆肥、元肥料を蒔いてよく土と混ぜた。その上に間土を置き、ジャガイモの種芋を三つに切ったのを、芽を上にして30cm間隔で並べてから土を被せて軽く足で踏んで完了。

玉ねぎも生長を始めたので、草を取って追肥を与え、クワで間を耕した。らっきょも葉が大きくなり始めた。

 近くの家のお婆さんが私に話しかけてきて、「この立派なキャベツ、売ってくれないか」と言う。農家でも年寄りになると、自分で野菜を作らずにスーパーで買うようである。一人暮らしなのだろうか。

「一個100円でどうか?」

「100円では悪いので、200円出すよ」

「それじゃ、スーパーで買うのと同じだけど、悪いね~」

初めてナベショーの農産物が売れた記念すべき日である。

 畑の横の池に通じる溝に若いクレソンが育っていた。この池には井戸から湧き出て溢れた冷たい綺麗な水が年中絶えることなく注いでいる。もう直ぐ溝はクレソンの緑のじゅうたんとなる。

今年はこの池と溝を整備して、山葵田を作る計画を練っている。

 クレソンは牛ステーキの緑の付け合わせのとして付いてくるが、山葵のようなピリッとした味のクレソンは生でサラダにしたり、酢味噌和えにしたり、山葵醤油やポン酢で食べたり、マヨネーズでも美味しいが、バターで炒めて塩胡椒で味をつけても美味しい。真冬以外、一年中収穫できて、多様な食べ方が出来る便利な野菜である。IMG_3064syulkusyou

天気予報は良く当たり、夕方から小雨が降ってきた。

それでも夕食後のウオーキング1万歩は欠かせない。

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2006年2月27日 (月)

映画「ミュンヘン」

 昨日の強い雨のために畑や山の土がどろどろに雨水を吸っているため、今日の農作業は止めた。いつもの野良着の軽トラから、ちょっと(否、十分)おしゃれを意識した褐色の東レエクセーヌのハーフコートに薄いグレーの丸首セーター、黒いカシミヤのマフラースタイルで、さっそうとグリーンの愛車4駆SUV車トヨタRAV-4を運転して映画を見に行った。

 スチーブン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」、最後まで辛くて気分の重い映画であった。民族、宗教間のテロによる殺人、報復、さらにその報復と人が殺されていく、、、、唯一の救いと言えば、主人公が最後に組織を裏切り、報復の輪廻を断ち切り、家族、子供のところのにたち返っていくことであろうか。しかし、この家族はこれからもず~と報復の危険にさらされているのである。

 帰りに町の通りで麹屋を見つけたので、米麹500grと、さらに静岡の吉屋酒造(株)で生酒「忠正しぼりたて」(原酒)4合ビン一本買った。

 今日は米麹と柚子の入ったするめイカの塩辛を作った。冷凍庫に新しいするめイカの大きいのが冷凍してあったのを解凍し、細く切って、1割の塩とワタを加えてよく混ぜた。一方、米麹とみりんを混ぜて良く馴染ませて、柚子の皮のスライスと一緒にイカに加えてよく攪拌した。2~3日置けば、塩、みりん、麹、イカのワタ、それらとイカが良く馴染んでマイルドな味になり食べ頃となる。IMG_3054syukusyou

 麹と柚子の入ったイカの塩辛を一度でも食べた人は、もう市販の塩辛など食べられなくなってしまうであろう。

 茹でた蛍イカも安かったので今夕の料理の為に買ってしまった。

 月並みだが、菜の花と蛍イカの酢みそ和え、蛍イカのから揚げ、蛍いかの大根おろし山葵和え、それに水菜と油揚げの煮物、、、、なんともまとまりの無いごちゃごちゃ料理になってしまった。

 IMG_3055syukusyou IMG_3057syukusyou IMG_3058syukusyou IMG_3059syukusyou まあ、美味しい「忠正しぼりたて」をカットグラスで飲みながら、チョコチョコつまみながらの夕食になってしまった。

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2006年2月26日 (日)

藤枝. お茶事の村

 今日は朝から強い雨、、午後、NPO法人「藤枝 お茶事の村」の理事会を我が家で開催、お茶生産家、お茶問屋、日本茶インストラクターなどの理事会メンバーが我が家に集まった。3年前に発足したNPO法人も発起人の理事長H氏の3年間の努力でなんとなく形が見えてきたようである。今年度の活動に関して熱心かつ和気合い合いに話し合いが持たれた。ちなみにナベショーは「お茶生産家」である。

 トヨタ財団から昨年から補助金をもらえるようになり、いよいよ今年度は飛躍、立ち上がりの年である。

1)お茶の香ロード(お茶の歴史の街 再現)

2)お茶畑サポーター(山のお茶作りサポーター)

3)グリーンテイツーリズム

などの活動とそれを支える事務、マネージメント体制の充実、資金、情報発信、会員のためのお楽しみイベント企画などを話し合って楽しい会議であった。

 その後、車でナベショーの山の茶園見学の予定だったが、雨はますます強くなり遭難の危険さえ心配になり残念ながら中止、そのまま近所の居酒屋へ会議の続きと場を移した。お刺身、揚げ物、焼き物、生牡蠣、、、、美味しかった。

 ナベショーは17年間も他所で単身赴任生活をし、地元との接点の無い生活だったけど、定年退職後は趣味の日本茶(作ること、淹れて飲むこと)のおかげで、地元のお茶業界の方々と知り合い、ズブの素人ながらお仲間にも加えていただいた。静岡の地場産業である日本茶、町のお茶文化のために、ささやかながらもお役に立てれば、、と思うのである。

 「藤枝・ お茶事の村」の活動について、お知りになりたい方は、GoogleまたはYahooにて「藤枝・お茶事の村」で検索して、NPOのブログを覗いてください。IMG_1512syukusyou

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2006年2月25日 (土)

ヨモギのおはぎ

 この頃はよく晴れた暖かい日と冷たい雨の日が交互に続く。24日(土)は朝から良い天気、茶園の残された最後の二畝を耕し終える。次回3月中旬の春肥の時は、小型耕運機が使えればいいのだが、、。クワだとフル3日かかるところ機械だと3時間で終えることが出来るのである。

農水産大臣賞を幾度も獲得したお茶生産農家の茶園を見学したことがあるが、畝間の土は十分堆肥がすきこまれて柔らかく、まるでふわふわの羽毛布団のようであった。

私が借りた山の茶園はず~と何年も十分にクワが入っておらず、秋から冬にかけてはミミズを求めて猪の家族が走り回り、すっかり踏み固められて土が絞まり小型耕運機も歯が立たない。

昨夏から肥料、堆肥を入れて耕し始めたが、羽毛布団のようになるのに何年かかるであろうか。

午後には孫達がやってきたので、道端の柔らかいヨモギを一緒に摘んで、おはぎもちを作った。 たくさん摘んだのに、湯がいてみると、ほんのひと塊だった。細かく刻んで、炊き上がった2合のもち米に加えて、すりこ木棒でかき回す。だんだん粘ってきて孫達の力では手に負えず。

 みんなでお餅を丸めて小豆あんこを包んだり、まぶしたり、、きな粉、黒ゴマをつけたりして、まるでオママゴトである。

 さあ、出来上がった。みんなでテーブルを綺麗に片付けて、美味しいお茶淹れて、出来立ての柔らかいおはぎを頬張る。ヨモギの香りが口の中いっぱいに広がる。甘いあんこと良く合う。 我が家の早春の定番料理である。IMG_3043syukusyou IMG_3046syukusyou

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2006年2月24日 (金)

鯖寿司

 今朝は荒川静香のフィギュア金メダルと両極端のもっさい掘江メール事件の永田氏の話題で十分楽しませていただいた。

 カーリングでは彼女達の集中力とあの真剣な眼差しに感動してほほえましくさえ感じたし、フィギュアはほんとに素晴らしく感動で涙が出てきたよ。

 民主党の永田氏はまったくお粗末につきる。十分確証ある証拠をつかんでいるからこそ国会でメールを公表し追求したと誰もが期待していたのに腰砕け、、お粗末どころの話じゃないよ! 金返せ!。永田君、あんた立派な大学でた秀才で元キャリアー官僚、国会議員なんでしょう~。俺達、頭良くないけどこんなヘマやらんよ~。

 今日は一日中雨であった。富士市より大学時代のクラスメートがご夫婦で来られて、雨の中、我が山の茶園、野菜畑、庭を案内した後、お茶とお菓子で楽しく談笑した。彼は単身赴任12年、同じく17年のナベショーとは金曜日の夜の静岡停車の新幹線ひかりで時々一緒になった。定年退職後は趣味で家具造りや造園を始めたり旅行を楽しんでおられる。要介護のお母さんの世話をされていることでも共通点が多い。

 春鯖が美味しい。鯖寿司を作ろう。

 丸々と太った大きい脂の乗ったゴマ鯖、港に荷揚げされたばかりの鮮やかなキラキラ光る新鮮なの、、、一本400円 ついつい買わずにはおれない。平鯖は高いがゴマ鯖(丸鯖)は安い。でも太って大きいのでないと美味しくない。

 三枚に下ろし、たっぷりと荒塩をふって半日冷蔵庫でねかせる。酢で洗って新たな酢に浸して一時間、皮をはいで小骨を毛抜きで除く。

 お米3合に昆布を入れて寿司ご飯を炊く。酢と砂糖を合わせて、うちわで扇いで冷ます。寿司ご飯を二つに分けて、一つずつ大きな塊に軽く丸めて棒状にし、竹のすだれの上にラップフィルムを敷いてご飯の塊を置き、鯖を乗せてラップフィルムを被せ、竹すだれで強く巻いて抑えて形を整えて出来上がり。

 新聞紙で包んで冷蔵庫で半日以上ねかせると、塩鯖と酢飯がなじんでまろやかになり、また包丁で切り分けやすくなる。

ヨモギ、ヨメナ、つくし、菜の花をさっと湯がいて摩りゴマのたくさん入った酢味噌和えも旬の料理として春には欠かせない。syukusyou IMG_3038syukusyou IMG_3041syukusyou IMG_3039syukusyou haru_syukusyou

 関西では若狭の塩鯖で鯖寿司をつくる。お祭りや冠婚葬祭の時、一家の主婦は、十数本の鯖寿司と海苔の巻き寿司を作らねばならない。広島にいる時、懐かしくて鯖寿司を作ろうと塩鯖を買ったら、魚屋から馬鹿にされた。瀬戸内海地方では新鮮な生鯖で鯖寿司をつくるのである。最近、新製品、若狭の焼き鯖寿司が駅やあちこち全国で売られるようになった。これは美味しい。ナベショーも時々作る。

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2006年2月23日 (木)

亡姉 和子

 2月22日、昨日は姉和子の命日であった。良く忘れて妹に叱られるのだが、、、。丹波綾部に在住する妹が毎年墓参りをしてくれている。姉は中学生の頃から発病した結核、脊椎カリエスで舞鶴の国立病院に入退院を繰り返し、大きな手術も数回受けた。抗生物質ストレプトマイシンの副作用で聴力を失い、最後は腎臓結核、さらに尿毒症が悪化し、34歳で永眠した。

 入院中、カトリックの信仰を持ち、同姓同名の岡山聖心女学院の渡邊和子氏と文通したり、病院内の俳人より俳句を学び、高浜虚子の高弟である西山小鼓子氏に師事し、丹波の女流俳人として短い人生を生きた。丹波の有名なお酒「小鼓子」の西山小鼓子氏は丹波の造り酒屋、西山酒造のたぶん先先代の社長さんではないだろうか。

 もう2月も中旬、暖かくなってきたとはいえ、山陰地方の丹波、綾部上林の里はまだまだ冬、どんより曇った重くて冷たく暗い日が続き、時々みぞれや雪が舞う。

 長い長い闘病生活の末、寒い寒い2月、暖かい春を待ち焦がれて遂に天に召されたのである。

重ね着の肩を叩いて見舞われし

一枚の重ね着に凝る肩なりし

着ぶくれて死なねばならぬ命守る

 姉は淡々と辞世の句とも言うべき3首を俳句雑誌に投稿していた。これらの句を見て驚く俳句仲間達のところに、「カズコシス」との電報が届いた。いまもこれらの最後の句を読むと胸が痛む。

 料理屋で日本酒を飲む時、西山酒造の「小鼓子」を見つけると必ず注文し、姉のことをしみじみ思い出す。女将に姉の思い出を話すこともある。

 お酒のついでにどうも産卵まえの二月の貝は美味しいということで、無性に食べたくなった。そこで今日は市場で青森の養殖ホタテ貝を買ってきた。かなり大きいのがなんと200円、いつもはもう少し高い。

 中華なべにニンニク一個のみじん切りとオニオンスライスをたっぷりのバターで炒め、良く洗ったホタテ貝を入れて、強火で白ワイン(日本酒でも可)をたっぷり注いで蓋をする。貝が殻を開きかけたら火を止めて、貝を取り出し、殻からホタテの身を外づす。中華なべに再び外したホタテの身を入れ、グリーンアスパラ、シメジやえのき、秋ならば銀杏の実、彩りのために赤いトマトのスライスを並べて、塩コショウで味付けして蓋をして加熱する。貝に火が通ったら出来上がり。火を通し過ぎるとアスパガスの鮮やかな緑が汚くなるので注意のこと。

 スープ皿にホタテの殻を置き、その中に貝の身やキノコ、アスパラなどを並べて、スープをたっぷり注いで盛り付け終わり。パセリのみじん切りを少し振りかけても良し。この料理にフランスパン、野菜サラダをつけると立派なデナー料理となり、白ワインまたは日本酒の冷いのが良く合う。

IMG_3031syukusyou親しいご夫婦のお客さんをお招きした時の静かな午後のひと時、このような料理でおもてなしすると良いですよ。ちょっとリッチな気分!!

食事の後はおいしい日本茶または紅茶、それにクッキーかケーキなどのデザートが付けば最高です。

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2006年2月22日 (水)

梅にウグイス

 昨日午後は久しぶり東京へ、かって勤務してた会社の友人達7人で赤羽駅近くの店で飲んだ。主役のYさんが暇持て余して、我らを召集したというのが正しいのだが、、、

 主役のYさんは当時(H1頃)、東京本社に出入りしていたY生命の凄腕勧誘員さん、彼女は43歳になってから保険勧誘員を始めてわが社担当に、、、わずか数年で新規以外にも他の保険をどんどん鞍替えさせて社員の7割以上を獲得した。Y生命○○会というタダで美味しいお酒の飲めるパーテイへよくお招きを受けて行ったが、その後の二次会のほうが高ついた。彼女をタクシーで送って横浜の我が単身マンションにたどり着くと夜明けであった。

 ある時、自分の生命保険の内容を見直すため、一言Yさんに声をかけたら、夕方にはいくつかのケースの計算書を持って現れた。毎日オフィスの昼休みに雑談を交わしながらひたすらガムと飴を配るYさん、、、3年の間に私の個人情報はすべてYさんに把握されていたのである。「アンケート用紙に記入してください」なんて野暮なことは一言も言わない。

クロージングの手際よさ、あっという間にS生命からY生命に鞍替え、契約させられていた。

 広島に転勤した頃、バレンタインチョッコが郵送されてきた。サイズ外で送料10円不足、総務が立替えていた。たくさんのチョッコをお客さんに郵送したのだろうが、こういうヘマもやるんだなあ~と思った。

 大阪営業所の時は、Yさんが東京からやってきて来て、大阪の事務所のお客を全員集めて欲しいという。みんなで北新地へ飲みに行き、明け方までカラオケでさわいだ。何!ホテル予約してない? まったくも~どうなっても知らんぞ!慌ててANAホテルシェルトンに電話入れた。

保険勧誘という仕事を楽しんでいたが、働きすぎて健康を害し、仕事をやめた。

今、彼女はフライフィシングに凝っていて、釣ってきたニジマス、イトウ、イワナ料理をみんなにご馳走してくれた。

最終の新幹線に乗って、自宅にたどりついた時は日が変わっていた。

 今朝は二日酔い気味の眠い目をこすりながら、天気が良いので茶園に行って肥料を蒔いたところを耕した。隣の梅園にウグイスが数羽飛んできて、枝を飛び交いながらたどたどしいホーホケキョ、まだまだへたくそである。IMG_3020syukusyou

道端には七草の一つ「仏の座」が満開であった。IMG_3027syukusyou

 昼は一人だからすぐ出来る簡単なお好み焼き、、、材料見ればけっこうカロリー高いよ。卵、牛肉、イカ、小麦粉、キャベツ、ネギ、鰹節、青海苔粉、マヨネーズ、、ケチャップ、お多福ソース、、、IMG_3029syukusyou もちろん、キャベツもネギもナベショーの菜園から、、、

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2006年2月21日 (火)

確定申告 終わった ホッ!

昨日の雨で山の茶園作業は滑るから危ないと自ら言い聞かせて、今日こそはと確定申告作成会場へ行った。

 給与所得、退職金、公的年金など雑収入、、、社会保険、お茶(農業)の経費、、、など、親切な税務職員さんの説明と指示通りに、書き込んでいくとどんどん出来上がっていく。

 扶養家族、、、娘二人の生年月日がわからない、、、しょうがない父親だと呆れながら、携帯で妻にぼろくそになじられながら教えてもらう。

 遂に完成して、受付の係りのところへ提出した。職員はチェックしながら「農業所得がゼロ、経費が893、904円? そんなの事業ではなく家庭菜園と同じだよ。この経費は認められません」と。

 「昨年6月サラリーマン定年退職し、7月から働けなくなった老人の茶園700坪を借りて本格茶業を始めたんだ。軽トラ、農機具、他の先行投資100万以上使った。あんたも静岡の人間なら、5月の一番茶の収穫までは経費がかかるばかりで収入が無い事くらいわかるだろう。」と少々言葉も荒っぽくなる。僕を指導してくれた親切な職員さんも呼んで来た。彼も「そんな馬鹿な~?」といきり立つ。

「そうですか。私もお茶生産家の息子です。ここにH17年7月から茶業を始めた」と補足を書いてください」と一件落着。

びっくりするほどの税金(私にとって)が返ってくることになった。まあ、本来払わなくてもいいお金を取られていたんだから、返してもらって当然なのだ。

 気分良く自宅に帰ってきた。さあ、お昼は何を作って食べようか。冷蔵庫の中に、スルメイカの足とワタがあった。エリンギと新たまねぎの青い茎、生姜を刻んで、ゴマ油で炒め、ご飯を入れて、胡椒、塩、隠し味の醤油で味付けしてお皿に盛り付けた。ネギと大根葉を刻んで振りかけて彩り良く、イカチャーハンの出来上がり。

IMG_3019syukusyouスルメイカの茶色いワタ、、、美味しいんだね~。塩振ってフライパンで炒っても美味しい。酒の肴に良いよ。このようにチャーハンにたっぷり入れてもなかなかおつな味です。まあ、コレステロールが高いとか、何とか、目の仇にされて、僕がイカの料理する時以外は捨てられてしまうのだが、、

「もったいない」   あっ  有名な誰かが最近言ってるよね~

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2006年2月20日 (月)

雨の日は

 午後から冷たい雨、午前中は何とかもったので茶畑へ行き畝をクワで耕す。今週中には何とかやりあげたい。確定申告の記入を完成させようという気はあるが、なかなか億劫で進まない。

 ということで、美味しいアーモンドクッキーを作ったり、昆布の佃煮を作ったりしてるうちに夕方となった。

 夕食の材料の為に、庭の菜の花とフキノトウを摘んできて、菜の花のゴマ和えとフキノトウ、菜の花、エリンギ、イカの足の天婦羅を作って夕食とした。

 今日から3日間は妻と介護の義母は居ない。一人だと、ついつい揚げすぎて食べ過ぎてしまう。でも時々、揚げ物が無性に食べたくなるのは身体が欲しているのでしょうか?

IMG_3014syukusyou IMG_3016syukusyou IMG_3017syukusyou                       

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2006年2月19日 (日)

春近し、もう春です。

2月も中旬、大阪から3日ぶりに帰ってくると、庭の木々の芽はすっかり膨らみ、花もボツボツ咲き始めた。庭を探すと小さな春をたくさん発見することが出来た。水仙、フキノトウ、菜の花、クロッカス、梅と万作はまさしく満開、芍薬も赤い芽を地面から顔を出していた。

アジサイの蕾もすっかりおおきくなっている。杏子の蕾もかなり膨らんでいた。

img_3008            img_3012         a             img_3004      img_3001  

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2006年2月17日 (金)

懐かしい大阪(4)

 17日、大阪駅ビル大丸の27階のレストランから見た大阪駅北口、、今はツインタワーがそびえ立ち、旧大阪鉄道管理局の跡地にはヨドバシカメラである。大阪駅ビルも今建て替え中で相当様子が変わっていた。

梅田貨物駅跡が再開発で凄い商業エリアに変貌するらしい。

 実は、このヨドバシカメラ、その前の旧大阪鉄道管理局の隣に大阪鉄道病院梅田分室というのがあったことは、もう知る人ぞ知るほどの古い昔のことである。ナベショーの母方の叔父さんがこの梅田分室の住み込みの管理人をやっていた。S38年3月、大学を受験する時、叔父さんの世話で鉄道管理局の寮に宿泊した。30人くらいの受験生、多くは地方の駅長さんや偉い人の子弟が寮の同じ大広間に寝泊りした。

でも、目的の大学に合格したのは、梅田分室の小使いさんの甥だけだったらしい。叔父さんは鼻高々で喜んでくれた。

叔母さんは阪急百貨店の社員食堂で働いていた。食堂の皿洗いのアルバイトをさせてもらったことがある。広い食堂は煙草の煙で霞んでいた。バケツを持ってガラスのコップを回収にテーブルを回った。「坊や、ここに座って一緒に飲まへん?」という綺麗なおねえさん、わざとコップを取れないように意地悪するおねえさん、随分面白がってからかわれた。コップを回収してくると、ガラスコップに付いた赤い口紅を軍手て拭いて、洗剤で洗う。見渡す限り、数百人の女の人が座って、食事したり、お茶飲んだり、お化粧したり、煙草吸ったり、、、最初の日は足がすくんだ。エレベーターガールの人はさすがに綺麗だった。

 阪神福島駅の裏に下宿した。二階の二畳の部屋でした。ダンボール箱を机の代わり、布団敷いたらそれで一杯。小さな窓からは外の家々の屋根だけしか見えなかった。屋根の上でのさかりのついた猫の合唱には閉口した。薄い隔ての木の板壁の隣室には、この下宿屋の親戚の若い娘さんがいた。

最近の感動的な映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような情景であった。

 大阪鉄道病院の看護学生が初恋の人であったが、彼女が卒業する時、大毎地下劇場(今もあるかなあ?)で一緒に「シェルブールの雨傘」を見た後のお茶の時、あっさり別れ話を切り出され、敢え無く失恋した。時同じく失恋した友人とのやけ酒もこれほどひどい二日酔いは初めてであった。

「宮本 輝」の小説に出てくるような青春時代の懐かしい思い出です。

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懐かしき大阪(3)

 昨日16日の雨は止み、朝から暖かい晴天であった。友人と約束の食事まで時間があったので、中ノ島を歩いてみた。そういえばS38~43年までの学生時代の6年間、最近の6年前までの5年間の大阪営業所時代、大阪在中だったにもかかわらず、ほとんど行っていない。

 本町の営業事務所と梅田を地下鉄で往復、夜はしばしば北新地周辺か南の盛り場、、何と貧しい大阪時代だったのだろうか。

 堂島川にそって美しい建築物が並び、良く整備された中ノ島公園、まるでヨーロッパの美しい町並みを思わせる。img_2960 img_2962 img_2965 img_2970 img_2972 img_2976

また、遠くには最近の近代的な高層ビルも立ち並ぶ。ほんとに大阪は水の都といわれるが、こんなに美しい町だとは認識不足であった。

 かって学生時代に少し通った大学の建物、今は取り壊されて、大阪市立自然博物館と国立国際美術館の駐車場となっていた。何か、、、、、の跡とか記念碑がないか探したが、何もないただの広っぱであった。しかし、広場の一角に赤レンガやコンクリート、石の残骸がうずたかく積んであった。おお!これこそ当時の大学の建物の残骸である。なぜ、捨てずに残しているのであろうか? 記念に赤レンガを一個拾ってかばんに入れた。img_2981 img_2986 img_2996

美術館では丁度プーシキン美術館展をやっており、ルノアール、モネ、ゴーギャン、セザンヌなどの絵画を展示していた。

友人との懐かしい食事の後、新快速を乗りついで、米原、名古屋、豊橋、浜松へと自宅に着いたのは20時であった。文庫本一冊読めた。

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2006年2月16日 (木)

懐かしき大阪(2)

16日、一年前まで勤務していた会社の本社へ行ったが社長は留守であった。親しいかっての同僚の方と懐かしく語らいの時を持った。原料高に応じた製品値上げが出来なくて、たいへんとのことであった。

大阪時代の大切な友人Sさんと大阪駅裏、ヨドバシカメラの上の中華料理バイキングで昼食を一緒にし、いろんなお話をすることが出来た。やはり日頃のメールのやり取りはしてるが、行き違いもあったりして、会っての話のほうがやはりいいものである。

インフルエンザA型にかかり、タミフル飲んで熱を下げて大阪へ出てきたと言うと、大変に叱られた。しっかり休養も必要だし、かつ、熱は下がってもウイルスはまだ生きていて、人に感染させるらしい。即座に熱を下げるのがタミフルの特徴とのこと、確かに、今まで数々の風邪、インフルエンザにかかった経験があるけど、こんなに見事に熱が下がったのは初めてだった。

道理で、医者が「熱がさがっても 5日間の薬は全部飲むこと」との指示があったのはそのためだったのか!

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2006年2月15日 (水)

懐かしき大阪

2月15日、インフルエンザの特効薬「タミフル」とは凄い薬である。38度の熱が一日で平熱に下がった。予定どおり昼前には大阪へ出発した。16時には新大阪に着き、御堂筋線本町でおりて通いなれた懐かしい道を歩き、堺筋本町近くの31階建てのオフィスビルに着いた。

IMG_2958  6年前に新事業の立ち上げが計画通りに行かなかったため、開発室を解散して責任をとる形で会社を退職し、子会社へ転籍した。残された若いMさんは、「何時までやってるのか」との社内の四面楚歌のなかで我慢しながら市場開拓を続けた結果、ようやく数量も収益も形が出来て、増販のための設備投資の企画案が承認されたという。新製品のなかなか成功しない中で、社長以下役員さんたちも、ほんとに喜んでくれたという。

昨年、Mさんから是非、祝杯を挙げましょう、、とのお声をかけてくれての大阪であった。

皆さん、元気であった。立派な中華料理店での美味しい食事、おいしい紹興酒、さらに雨の中をタクシーで北新地の素敵なお店、楽しい時に過ぎる時間も忘れ、気がついたら12時前であった。

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夏みかんのマーマレード

 13日から少し熱っぽく、咳も出る。今まで外出から帰ったらうがいと手洗いを欠かさず気をつけてたのに、とうとう風邪ひいてしまった。ルルを食後に飲んだが14日になったも37、2度の熱は下がらない。

 14日の朝、かかりつけの医院に行った。「37度くらいの熱なので単なる風邪と思ってるんですが~」というと、「インフルエンザだと38度の熱はでますね~、、これから出てくるかも知れませんよ。検査をしましょう」とのこと。10分間でインフルエンザA型との結果が出た。明日15日に大阪へ行きたいのですが、、、、、と恐る恐る尋ねると「う~ん、なおるかな~、」と。

家に帰って直ぐ処方された薬(今話題のタミフル)を飲んだ。熱を測ると医者のおっしゃるとおり38、3度になっていた。

 昨日、庭で拾った隣家の夏みかんを刻んでマーマレードを作りかけだったので、最後まで仕上げて、布団の中に潜り込んだ。昼食は長女が買ってきたお寿司、半分しか食べられなかった。夕食も長女が作ってくれたイワシのつみれの入った鍋料理、これもたくさんは食べられなかった。夕食後、薬のんで(、、、、間違えて2倍飲んでしまった)また寝た。

今朝15日、何と熱は36、2度、平熱になっているではないか!!

これで安心して、今日は予定通り大阪へいける。

 38度の熱のある中で作ったマーマレード、上手に出来た。やはりマーマレードは酸味のある夏みかんで作るのが最高ですね。 皮は苦味を除くために2回熱湯でふきこぼしたが、少しほろ苦味がある方が好きです。お鍋一杯出来たと思いしや、ビンに詰めると3本に納まった。

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ヨーグルトと一緒に食べたり、食パンに塗ったり、寒いときには熱湯で溶かして飲むと温まる。

小さなクラッカーに塗って、紅茶でいただくと、英国風アフタヌーンテイー、ちょっとリッチな気分になります。

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2006年2月13日 (月)

健康ダイエット、一ヶ月の成果

本格的なウオーキングと食事カロリーコントロールを始めて一ヶ月たった。

エクセルでの記録をグラフにしてみました。ダウンロードして御覧ください。最近、食べる機会が続いて中だるみだけど、一ヶ月の減量としては上出来でしょう~?

「daiet.xls」をダウンロード

一ヶ月で70.5kgの体重が最近では66kg前後を推移しています。

でも、今週15日から3日間、大阪へ行く予定です。以前の会社の若い人達や友人と食事や飲んだりするので、多少はリバウンドするかも知れません。

久しぶりの大阪です。

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2006年2月12日 (日)

餃子と中国研修生の思い出

 会社を退職する最後の春、工場で中国人技能研修生を初めて受け入れるために、山東省煙台市に行った。この町には蓬莱楼というお寺がある。そこから八仙人(七福神)が海の向こうの島、蓬莱山を目指して、不老長寿の薬を求めて船出したことで有名なところである。中国では七福神ではなく八仙人である。船ではなく空を飛んで行ったという。八人のうち一人は神通力が足らなくて海に落ちてしまって日本についたのは七人だという。日本にはいたるところに蓬莱山という山があり、七福神の伝説があるところから、秦の始皇帝の時、不老長寿の薬を求めて日本にきた中国人(子供を1000人連れて船出したという)、たどり着いたのが和歌山の海岸、そのまま日本に永住したのは事実らしい。

 昨年の4月1日、関西国際空港に煙台市からの6人の研修生を出迎えた。18~25歳までの純朴な娘さんたちであった。一人で持てないほどの大きな重たい荷物を持ってやってきた。中身はほとんどが中国料理の食材であった。日本は物価が高いからと親が持たせてくれたのであろう。3ヶ月間、日本語の特訓を受けてきたとはいえ、まだまだ意志の疎通は少ししか出来なかった。漢字を書いての筆談が多かった。

 彼女たちが自炊生活できるため、5LDKの大きな一軒の借家を借りて、生活用品、電化製品、二段ベット、エアコン、、すべてを整えた。何をそろえれば良いか、リストを作り購入した。私の18年の単身赴任生活の経験は大いに役立った。

 日中電子手帳を一人ずつに渡した。工場での2週間の実習や受け入れ研修の最後の発表会では、研修で学んだことを日本語でプレゼンするという宿題を出した。毎日一生懸命に日本語でレポートを書いた。私もそれぞれの日本語の文章を添削した。そして発表会では立派に日本語で発表した。出席した工場、本社幹部は感激して目を潤ませた。

 彼女達は3年間、日本で必死に働いて、約200~300万円貯金して中国へ帰る。そして両親の為に借金を返し、4LDKの新しいマンションを買ってあげるのだそうです。「所長さん、残業は一ヶ月何時間させてくれますか」これが彼女達の最初の質問であった。

 人なつっこく、明るく、純朴で、良く挨拶をしてくれて、真面目に一生懸命に働く彼女たちの姿に、リストラで暗くなっていた工場の雰囲気も明るく、変化していった。

 総務部長さんが、ほんとに良くお世話し、休日には日本語の勉強、ワゴン車に乗せていろんなお花見やツアーに連れて行った。社員旅行で一緒に愛知万博にも行った。中国館は大喜びであった。中国の古典楽器を奏でる女の人達のショーを見ながら「所長さん、中国の若い女の人、綺麗でしょ~」。

 彼女達は私達を寮によく招いてくれて、本場の中国料理をご馳走してくれた。一人は中国料理点心のプロのコックさんだった。

 6月に私が退職した時、彼女達6人と日本語の先生、工場の総務部の人達、全部で14名を私のマンションに招いて、私の手作り料理でもてなした。冷蔵庫一杯の食材でどんどん得意料理を作るが、あっという間にお皿は空になった。さあ、中国料理も作るよ、と言うと、私達が作ると言って、手馴れた手つきで手際よく作ってくれた。

 楽しいパーテイーがお開きになり、玄関で彼女達を見送った時、いままでニコニコと明るく笑っていた彼女達の顔が突然ゆがみ、一斉に声をあげておいおいと泣き出した。私も涙で顔がくちゃくちゃになった。彼女達が寮に帰り着くまで車の中で泣き続けていたという。

今は全員、日本語も上達し、昨12月には日本語検定3級の試験にチャレンジしたという。

この間、静岡の蜜柑を一箱送った。昨秋には我が家の甘柿を送った。

餃子を作るたびに彼女たちのことを思い出す。

 彼女達はぺちゃぺちゃとにぎやかにおしゃべりしながら、粉を練って、棒で伸ばし、小さくちぎって、伸ばして、中身を包んでどんどん作っていく。凄いスピードである。ほとんど手元を見ていない。それを煮立った鍋の中に入れて水餃子にする。

 自分も姫路のマンションで数日ごとに中国本場餃子にチャレンジした。なかなか奥が深い。焼き餃子、水餃子、、いづれも美味しい。

 今夕飯には、長女の大好きな餃子を作った。長女も中国に居たことがあり、中国人の友人が多いために、餃子に関してはなかなかうるさい。

 普通の牛豚合びき肉に白菜、ニラ、ベースのものと、タバラカニの身を使ったカニ餃子を作ってみた。パリッとした感触、口の中いっぱいに広がる香ばしい香りとジューシーな肉汁、、、水餃子も焼き餃子も美味しかった。全部で100個作ったが、ほとんど食べてしまった。

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2006年2月11日 (土)

同窓会

 新横浜駅近くの中華料理レストラン「山海楼」午後1時、大学の同窓新年会であった。一昨年夏には還暦祝い記念同窓会を関東、関西の中間である藤枝市で開催し、全国から28名集まった。

今回は東海、関東地区、海外支部同窓新年会で11名集まった。もうほとんどの人は現役から離れて関連会社や、別の会社で働いているか、完全に退職して毎日の生活をエンジョイしている。

結婚しない子供のことや孫のお守のこと、旅行、趣味、健康、親の介護などが主な話題となる。

そうそう、2007年から年金の夫婦折半にする法律施行による離婚の心配も話題になった。

ワインスクールに通っている人、まだ末っ子が大学一年生でまだまだ頑張らねばならない人、アメリカの大学教授をしてた人はリタイアー後はアメリカに永住と、、。

皆、それぞれの第二の人生の歩みを始めた。ず~と健康でありたいと願う。

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2006年2月10日 (金)

家族の食卓

 長女がたくさんの種類のチーズやパスタ、ペースト、チョコなどの食材のお土産を大きな登山用リュックに一杯詰めて持って帰ってきた。長女はスイスからの帰国後、また来週にハワイに出発するので、長男家族と次男夫婦が来て久しぶりに我が家の夕食を一緒に食べた。

フランスパンに様々なスイスのチーズをはさんで、ホアグラのペーストやピクルスやいろんな野菜などと一緒に食べ、長男差し入れの赤ワインを飲み、すっごく美味しかった。

あらかじめチーズをくるんだパスタも美味しかった。他、トマト味の野菜スープ、鶏の照り焼き、タバラカニとほうれん草、ブロッコリーの中華風、、などにぎやかな食卓でした。

それぞれが所帯を持ち、離れ離れで、たまにしか合えないので、親子、兄弟、久しぶり、いろいろなことを心から語り合えた良い機会であった。

カルホリニアのロスでパテシアと寿司の料理人をしている超多忙な次女は、ほとんど日本に帰っていない。全員が揃ってにぎやかな食卓を囲める時が来るのを祈っている。img_2936

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2006年2月 9日 (木)

長女が帰ってきた

一ヶ月前に日本を出て、パリ、ローマを観光後、スイスのアルプスの麓の家でのセミナーに参加し、今日帰ってきた。パリでは韓国系フランス人の経営するユースホステルに滞在、親切なおばさん、毎日美味しい韓国料理を食べ、お弁当まで持たせてくれて3000円でやすかったという。言葉は英語は通じなかったが中国語が通じたので大丈夫だったらしい。同宿の若者はほとんど韓国人、韓国語が話せないけど、全員英語が話せたので助かったと。

パリからジュネーブまでの飛行機はインターネットで調べて、5000円のチケットを入手して乗れたと。 ああ~ 語学が出来るとどこへ行っても困らないのだなあ~。

セミナーが終わった後、アルプスで2000mのロングコースをソリで滑ったと、景色は最高、、、、いつか行ってみたい。

長女は来週15日には日本を発ってハワイのキリスト教宣教団体の学校のスタッフとして働くため、再び出発する。

明日の夜は長男、次男、それぞれの家族が合流し、長女の買ってきたたくさんの種類のチーズやパスタ、ペーストなど食材のお土産で、イタリアン料理でのパーテイーの予定である。

今晩の夕食は、長女の大好きなタバラカニ、赤尾アジの刺身、本マグロ中トロ(たち落とし)、に白菜のスリゴマ和え 、、、オール日本食、写真をとる前に、すでにいただきますだった。

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2006年2月 8日 (水)

今年初めてのお茶畑作業

 お茶畑の作業が今年も始まった。八十八夜の新茶摘みまでに3回も肥料を施さねばならない。肥料は魚粉配合肥料を一反あたり5袋(100KG)、ナベショーの趣味の茶畑は1.2反なので6袋も畑に蒔く。一袋20Kgで2100円もするので経費が随分かかります。でも趣味のお茶つくりだからなあ~。道楽だからお金がかかるのはしょうがない。

aiueo 午前中、肥料を蒔いて、午後は畑の畝と畝の間を股クワで耕して、肥料と土を良く混ぜた。今年初めての作業なので、腰が痛くなった。

 猪がミミズを探すために、畑や通路を掘り返し、無茶無茶にして滑って危ないので、この補修もせねばならない。

 この作業は3日はかかるだろう。良く晴れていたけど、時おり小雪の混じった強い風が斜面を吹き上り、冷たい一日でした。

 昨年夏、定年退職と同時に借りた山の茶園、一通りの農機具や軽トラを購入して、JAや農家の人に指導してもらい、世話を始めたが、施肥、中耕、消毒、整枝、、、猛暑の間も作業は続く、、、すべての作業は5月の八十八夜の新茶収穫のためである。

5月の新茶収穫が楽しみである。

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2006年2月 7日 (火)

エアコンの寿命は?

築15年、この1ヶ月の間に、あちこち故障、、、

 まず風呂の給湯器のコントローラーが馬鹿になった。「沸かす」のボタンをオフにしてもどんどん熱くなってアチアチとなる。数回こんなことがあったので、ひょっとしてオフにするのを忘れて記憶に無い、大丈夫?なんて心配してしまう。業者に診てもらったら、「何年お使いですか」と聞くので「15年」と答えると「普通は7~8年です。よくぞ大事に使っていただきました。今はもっと省エネタイプ、1/4のガス消費量、コントローラーを交換しても、給湯器本体がまもなく壊れて、高くつきますよ」、、、と。結局、全部新品に換えることになった。

 リビングのエアコンのコントローラーが作動しなくなった。電気屋さんに診てもらったら「15年前のエアコンですね~。これは部屋の広さのわりに能力が小さい。軽自動車でエアコン効かせて高速走るみたいですよ。2ランク上だと、能力は2倍で消費電力は1/4,快適ですよ。冬ですので定価より相当安くなります。それに、マイナスイオン発生器、花粉除去フィルター、活性酸化チタン触媒による猫の臭い消し、など付いております。コントローラーだけ換えても本体もまもなく寿命です。」

 という説得力のある営業に納得させられ、今日午後は風呂の給湯器とエアコンの交換据付工事であった。

 大体、最近の電気機器、制御系の半導体チップの集積回路に水分が浸入、浸透して集積回路の金属が錆のため腐食するために寿命がくるのである。

 まあ、そのために7~8年でパンクが普通、15年も持たせたのなら優等生? なんてなんとなく納得してしまった。

 午前中は税務署にはじめて確定申告の記載、相談に行ったり、慣れないことが多かった。

夕食には冷蔵庫の半端材料ばかりを集めて八宝菜を作った。img_2922

豚肉、鶏肉、人参、白菜、ブロッコリー、長芋、大根、ほうれん草、レタス、干し木くらげ、干し椎茸、生姜を刻んで中華なべでごま油で炒めて、お湯を入れ、軽く煮立ったところで、みりん、醤油、中華スープの素(ウエイ パー)で味付けし、酒に片栗粉を分散させたのを加えてかき混ぜ、トロミが付いたところで出来上がり。七味唐辛子を少々振りかけてパンチを利かせた。(片栗粉は水より酒で分散させるほうが良い。粉が下に沈降せずに完全均一に分散するのである)

しかし、実に旨い、、一週間に一回は冷蔵庫整理の為に作ってもいいくらいだ。

ご飯にかければ中華丼、お皿は一枚でOK、片付けも簡単である。

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2006年2月 6日 (月)

万作が咲いた

 まだ、まだ寒いのに、庭の万作の小さな黄色い花が一つだけ開いた。15年前、広島の大竹市に単身赴任しているとき、2月中旬のまだ山には雪がある寒い時に、峠を越えて山を歩いた。

 雪道を歩いている時、谷川の側の万作の木が黄色い花を一杯開いて、もう春がそこまで来ていることを知らせていた。その万作の木の側に10センチくらいの小さな木が生えていたので、万作かな~?と思い、持って帰り鉢で育てて、自宅の庭に移して15年、2m以上に成長し、毎年 蝋梅が咲き終わった後に咲く。

img_2899 ほんとに小さな可愛い花である。

万作の側の紅梅も半分くらい開花し、蕾と開きかけの花とが混じって、一番美しい頃である。春が近づくにつれて庭も少しずつにぎやかになっていく。img_2908

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名古屋名物 鶏の手羽先

名古屋の美味しいものといえば、きし麺、味噌カツ、味噌煮込みうどん、それに鶏の手羽先の焼いたのである。かれこれ27~8年前、名古屋へ出張するたびに、駅前の堀内ビルの裏の居酒屋で営業所のMさんと手羽先を食べるのが楽しみであった。大きなお皿に一杯に並べた手羽先を無心に食べた。骨のぽりぽりかじって跡形もないくらいであった。

あるとき板前さんに秘伝の作り方をそっと教えてもらったのである。もう時効だと思うので、このブログに公開しましょう。

鶏の手羽先(スーパーで売ってるけど安いんだ)を生のままでサラダ油で素揚げする。こんがりと黄色くなるくらいに揚げるのが良い。みりんと醤油、砂糖で作った甘いタレを刷毛で揚げた手羽先の表面に塗って、オーブンで焦がさないように両面をさっとあぶる。2~3回くらい繰り返してタレを塗ってあぶると美味しくなる。

お皿に受けて熱いうちに手羽先の表面に炒りゴマをパラパラとふりかける。好みによっては七味唐辛子を少々振りかけても良し。

img_2915 お皿に盛り付けて、熱いうちに手でつかんでバリバリと食べると最高である。名古屋コウチンの手羽先が最高ですが、手に入らないのが残念である。

手羽先でなく、鶏のモモ肉の大きめのぶつ切りや豚肉ブロックのぶつ切りを油で素揚げして同じようにやっても美味しいです。

素揚げしないで、ガスオーブンの中で火を中までとおすには、表面が焦げてしまう。まして醤油タレをつけると、中まで火が通らずに表面だけが黒々と焦げてしまう。

しかし、このやり方だと、ほんのりと軽くきつね色に仕上げることが出来る。

ホームパーテイーで、大皿に山盛りに盛って並べると壮観、殺到して真っ先に食べてなくなりますよ。

写真では、イワシのすり身にごぼうのササガキとネギの刻んだのを混ぜて、油で揚げたのを一緒につけています。付け合せの野菜はブロッコリーとパセリ(畑からの収穫)です。IMG_2919

イワシのすり身は他にも鍋料理に入れたり、料理での使い道が多い。

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2006年2月 5日 (日)

料理ほど創造的なものはない

 男子厨房に立たず、、、なんて言葉もあり、まったく料理に関心がないか、出来ないことを誇らしげに自慢する人も多い。

しかし、実は料理ほど身近で創造的で楽しく、達成感が味わえて奥が深いものは無い。

 ナベショーは退職前の36年の会社人生のほとんどを新製品の開発や新事業の企画などを仕事としてきた。

 でもね~、、、、アイデアを考え、調査し、立案し、企画を提案し、会社トップにOKさせて人と金を確保し、開発をスタートして、じ~と成果が出るのが遅い遅いと攻められ続け、四面楚歌の中で我慢して耐え忍び、やっと目に見える形で認知され、会社の業績に寄与できる成果が出るのは10~20年後、 旨く成功したらの話であるが、途中でギブアップせざるを得なくて、責任を取って犠牲者も、、、、ということもある。

仕事の成果の達成感どころか、挫折感の連続だけで定年を迎える人だっている。

 それに比べ料理は一日以内で素晴らしい達成感を満喫できるのである。お招きするお客さんのことを考えて、あれこれメニューを思い巡らせ、市場へ買出しに行って、食材を選び、思わぬ掘り出し物の食材を見つけたり、独自に工夫やアレンジした自慢料理の腕をふるって、お客さんに美味しく食べていただく。

美味しい料理、美味しいお酒、楽しい会話と最後はデザートとお茶でフィニッシュ。

あ~!!実に満たされた達成感、お客さんが帰られた後の心地よい余韻、、ご馳走様、今日は楽しかったねと。

料理ほど創造的で短時間に達成感を味わえるものは無い。

この楽しい料理を毎日3食も経験できるなんて、、、人は生き生き、ストレスは解消、疲れた心も癒される。すべての五感(味覚、視覚、触覚、嗅覚、聴覚)をフルに働かせる右頭脳の作品。クッキングセラピーって心理療法にあったっけ?

何のためにナベショーは毎日努力してダイエットしてるかって? もちろん 美味しいものを毎日作って食べて太らぬためです。

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2006年2月 4日 (土)

何と4Kg減量

 1月13日から始めたダイエット、今日で3週間少しになるかな? 71Kgくらいあった体重が今朝66.5Kg  何と4Kg以上の減量である。このペースでいく来週末には65Kgを切るかも知れない。

毎日 夜のウオーキング(一万歩以上)

食事 約1500キリカロリー  間食なし

 以上を守っているのであるが、最も大きい要因は夕食後に歩くために、夕食時の500ml缶ビールを飲んでいないことであろう。350キロカロリーくらいあるから、つまり4点(80キロカロリーで1点 ご飯一杯が約2点)である。

 まあ、今まで、ウオーキングは良くやっていたが、食事は大目に作りすぎて、もりもり平らげて、500mlの缶ビール飲んでたから、、、、、。img_2885

ダイエットと言っても、それほど質素な夕食ではないよ。

ゆで卵、大根、ジャガイモ、厚揚げが一個ずつのおでん と 生鱈の味噌汁とご飯一杯 である。

昆布だしの薄めの味噌汁に生鱈の切り身2切れと大吟醸の新酒の酒の粕少々、豆腐、九条ネギの刻んだのをたっぷり入れて出来上がり。

今日は一日庭の剪定枝の粉砕による堆肥つくりで終わった。よく晴れていたが風が冷たい一日であった。

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2006年2月 3日 (金)

ヨーグルトの大根サラダ

先日、ジゴロウさんのブログ「俺パソの憂鬱」(http://fuji.daa.jp/)で教わった「大根サラダ」を若干アレンジして作ってみた。

、、、と言うのは畑からとっても甘くて美味しい大根を収穫してきたこと、それから、自家製ヨーグルト(カスピ海ヨーグルト)が炬燵の中で加温しすぎて分離し(トホホ、、、)木綿豆腐のようになってしまったことである。

ジゴロウさんのレシピーでは、大根の短冊切りに辛し明太子とマヨネーズを和えたサラダであり、醤油を少しかけていただく。これは実際に作って食べたが実に美味しい。マヨネーズと醤油は合うのである。土佐の漁師はかつお漁船の上で、かつおのタタキにネギとマヨネーズと醤油で食べる。これは誇張ではなく、美味しい。

img_2879 ナベショーはマヨネーズの代わりに、木綿豆腐のような出来損ないの分離ヨーグルトを使ってみたのである。実際に味わってみると、若干マヨネーズを併用したほうが美味しい。器に盛ってパセリの葉を散らして彩りをつけてみた。季節のフキノトウや浅葱やノビルのみじん切りをのせるのも美味しいと思う。ちょっと醤油を垂らしてみる。大根の甘さと口の中での歯切れよさ、辛し明太子のプチプチした塩味、、さわやかな木綿ヨーグルト、なかなかの美味しさである。是非 お試しあれ、、。

今夕食はこのサラダのほかに、生鱈の切り身を軽く塩を振り、カレー粉入りの小麦粉をまぶして、フライパンで焼いたムニエルである。畑のキャベツとパセリを付け合せた。img_2883

他にアゲとわかめの味噌汁をつけた。少し総カロリーが多かったかな?

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博士の愛した数式

 見たい、見たいと思っていたが、遂に今日実現した。映画を見る前にと、本を読み終えたので「博士の愛する数式」を見た。80分しか記憶が持たない主人公の数学者(寺尾 聰)と家政婦(深津絵里)とその10歳になる息子(斉藤隆成、吉岡秀隆)、数学者の義姉(浅岡ルリ子)の物語である。

 数学(数式)の世界が何と美しいものなのかを初めて知ることが出来たし、主人公と取り巻く人々の愛、暖かい春萌える軽井沢の自然の美しさ、数式が語る美しい言葉、、、久々に素晴らしい感動の映画であった。見終わった後も幸せな余韻が何時までも残った。

年末から新年にかけての映画はいずれも力作ばかりである。この一ヶ月間に「SAYURI」「ALWAYS 三丁目の夕日」「俺達の大和」それに「博士の愛した数式」を見たことになる。いずれも印象深い感動の映画であった。

歳のためか、映画を見て感動すると、胸がこみ上げて来て涙がとどめなく溢れてしかたがない。暗いからいいものを、明るかったら恥ずかしい。

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2006年2月 2日 (木)

畑の野菜は甘い

 二日続いた雨が上がり、今日は良く晴れ上がった。一雨ごとに畑の野菜が生き生きしてくるように見える。昨年10月来の干ばつと寒さにより畑の野菜は12月以来成長をストップし、白菜などとうとう巻かないままに終わりそうである。

スーパーマーケットの野菜の価格が急騰しているけれど、畑の野菜のおかげで買わずに済んでいるのは有難い。

今日は大根、ネギ、ほうれん草、キャベツを収穫した。img_2877 昨年、9月から始めた畑、150坪の屋敷跡をお茶問屋さんがタダで貸してくれたので、反転ホークとつるはし、スコップで30センチの深さに耕して約15坪ほどを開墾した。石を除き、豚舎の堆肥と有機肥料を施し、参考書にしたがって野菜の苗を植え、種を蒔いた。

毎朝、毎夕、モンシロ蝶の幼虫やヨトウ虫とのバトルの末、何とか収穫できるところまでに来た。市販の野菜にくらべて実に甘さがありこくがあって美味しい。

NHKの朝の連ドラ「風のはるか」ではお父さんの作る野菜が美味しいというが、それはほんとである。大根は甘くてそのまま丸かじり出来る。ほうれん草を茹でたのも甘くて、子供の頃の食卓のほうれん草を思い出す。

今晩の夕食は先日作った「カマスの干物」を焼いたのと、野菜のたくさん入った薄い味噌汁に豚肉と酒の粕を入れた「豚汁風粕汁」、「ほうれん草の和え物」である。採れたての野菜を豊富に使ったのは言うまでもない。img_2878

これで600キロカロリーくらいかな、、、、

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2006年2月 1日 (水)

お茶の火入れ

昨日に続いて、今日も雨、、、一雨一雨ごとの暖かさ(これでよかったのか?) 

昨年の秋、茶園から良く伸びた茶樹の先の柔らかい秋芽を摘んで釜で炒ってお茶を作っておいたのが冷蔵庫に保管してあった。新鮮なさわやかな緑の香りを出来るだけ損なわないように、釜炒温度を低めにして作った釜炒り茶である。青臭い青葉アルコールやリナロールの香りのする美味しいお茶である。しかし、このような青臭い香りのするお茶は茶業界の専門家の判定では、駄目な失格のお茶なのである。

img_2862 底冷えのする寒い雨の冬は、暖かい香ばしいお茶が温まって美味しい。

このお茶の火入れを行い青臭さを除き、香ばしさをつけることにした。

釜温度 200~250℃ 焦げないようにかき混ぜながら熱すると、最初に青葉アルコールの若干刺激臭のある臭いがやがて消えて、香ばしい香りが出てくるところで火入れを終了した。

img_2864 火入れの温度、加熱時間、、、、なかなか条件が難しい。このお茶を淹れて飲んでみたが、やっぱり火入れしないほうが好きだなあ~、、、、、後悔後に立たず、、か。

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