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2006年2月17日 (金)

懐かしい大阪(4)

 17日、大阪駅ビル大丸の27階のレストランから見た大阪駅北口、、今はツインタワーがそびえ立ち、旧大阪鉄道管理局の跡地にはヨドバシカメラである。大阪駅ビルも今建て替え中で相当様子が変わっていた。

梅田貨物駅跡が再開発で凄い商業エリアに変貌するらしい。

 実は、このヨドバシカメラ、その前の旧大阪鉄道管理局の隣に大阪鉄道病院梅田分室というのがあったことは、もう知る人ぞ知るほどの古い昔のことである。ナベショーの母方の叔父さんがこの梅田分室の住み込みの管理人をやっていた。S38年3月、大学を受験する時、叔父さんの世話で鉄道管理局の寮に宿泊した。30人くらいの受験生、多くは地方の駅長さんや偉い人の子弟が寮の同じ大広間に寝泊りした。

でも、目的の大学に合格したのは、梅田分室の小使いさんの甥だけだったらしい。叔父さんは鼻高々で喜んでくれた。

叔母さんは阪急百貨店の社員食堂で働いていた。食堂の皿洗いのアルバイトをさせてもらったことがある。広い食堂は煙草の煙で霞んでいた。バケツを持ってガラスのコップを回収にテーブルを回った。「坊や、ここに座って一緒に飲まへん?」という綺麗なおねえさん、わざとコップを取れないように意地悪するおねえさん、随分面白がってからかわれた。コップを回収してくると、ガラスコップに付いた赤い口紅を軍手て拭いて、洗剤で洗う。見渡す限り、数百人の女の人が座って、食事したり、お茶飲んだり、お化粧したり、煙草吸ったり、、、最初の日は足がすくんだ。エレベーターガールの人はさすがに綺麗だった。

 阪神福島駅の裏に下宿した。二階の二畳の部屋でした。ダンボール箱を机の代わり、布団敷いたらそれで一杯。小さな窓からは外の家々の屋根だけしか見えなかった。屋根の上でのさかりのついた猫の合唱には閉口した。薄い隔ての木の板壁の隣室には、この下宿屋の親戚の若い娘さんがいた。

最近の感動的な映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような情景であった。

 大阪鉄道病院の看護学生が初恋の人であったが、彼女が卒業する時、大毎地下劇場(今もあるかなあ?)で一緒に「シェルブールの雨傘」を見た後のお茶の時、あっさり別れ話を切り出され、敢え無く失恋した。時同じく失恋した友人とのやけ酒もこれほどひどい二日酔いは初めてであった。

「宮本 輝」の小説に出てくるような青春時代の懐かしい思い出です。

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