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2006年3月10日 (金)

食べ物の恨み

IMG_3251syukusyou  三寒四温、雨と晴れが数日づつ交互に繰り返しながら、暖かくなっていく。

 庭の花は次々と蕾が膨らみ、木々の新芽も大きくなってきた。雨に濡れた開きかけの花はいっそう鮮やかなに輝いている。

 早咲きの石楠花つつじがもう花をつけた。花が開ききるよりも、まだ開いていない蕾があるほうが美しい。

 小学校5年生の時、先生が「鯛といわしとどちらが旨いか?」という質問をした。「鰯が旨いと思う人?」というので鯛などあまり旨いとは思わず、またあまり食べたことの無いナベショーは、ためらわずに手を挙げた。「あほ!鯛が旨いに決まっとる。そう思う者、手を挙げて」と全員がナベショーのほうをあざけりの笑いとともに手を挙げた。イワシの塩焼き、煮物、酢で絞めたお鮨、、料理好きな母は、鯛は買えなかったけど舞鶴港から来る行商のおじさんから新鮮なイワシをよく買って食べさせてくれたのである。イワシとはほんとに美味しい魚であった。

 また、こんなこともあった。理科の時間、「ワラ半紙は洋紙か和紙か?」という先生の質問に「洋紙です」と答えた。先生は「半紙なんだから和紙に決まっとる。みんなそう思うな?」と。

 またまた、ナベショーは全員の嘲笑を浴びたのである。悔しくて、昼休みに図書館で洋紙と和紙の工業的製法を調べて、わら半紙が洋紙であることを確かめた。

 職員室に行って先生にその本を見せた。ナベショーの正しいことを説明して納得させた。しかし、授業では遂に、生徒全員にナベショーが正しかったという名誉回復をしてくれなかったのである。

 傷つきやすい幼少のころの忘れえぬ悔しい思い出である。人のいうことを素直に信じず、権威、権力に対して、どうしても逆らってしまう損な性格は、小学校の頃の、この二つの悔しい思い出からのトラウマなのだろうか?

 

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コメント

私も小5の時「昼飯」と言って、「汚い言葉を使うな」と先生に怒られたことを思い出しました。「お昼ご飯と言いなさい」なら少しは納得したのでしょうが、汚い言葉といわれたことで、反抗心が出て、辞書の『飯』の覧を開き持って、泣きながら先生に詰め寄ったら、「分かった、もういい」で終わり。級友の前で怒られた汚名挽回は成りませんでした。傷ついた思い出は年を取っても悔しく悲しいものです。

投稿: ばら色婆ァバ | 2006年3月11日 (土) 09時17分

私も今日は鰯のこと、トラックバックさせていただきました。

投稿: ばら色婆ァバ | 2006年3月11日 (土) 13時06分

ばら色様も同じような悔しい思い出があったんですね。楽しい思い出は忘れても、悔しい、辛くて悲しい思い出はず~と覚えているものです。でも、それをバネにして生きてきたことも事実ですが、、、。

投稿: ナベショー | 2006年3月12日 (日) 00時27分

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