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2006年10月 3日 (火)

汽車の旅 松阪から九鬼へ

Img_0255syukusyou_1 鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ

 青春18キップに比べ、ちょっと割高だけど(鉄道の日 3回 9180円、 青春18 5回 11800円)

 10月1日~16日まで有効

 JR全線乗り放題、但し、急行、特急、新幹線は乗れない

 あまり知名度が無いらしく、この駅で購入したのはナベショーが初めてという

 6時前に起床、昆布の佃煮、青紫蘇の実の佃煮に入ったおむすび、番茶をボトルに詰めて6時半出発

 西焼津駅前の駐車場に3日分の駐車料金1500円を払って6時53分に下り東海道線に乗る

 通勤、通学の人達が乗ってくるが、4人がけの座席をゆっくり占領できるほど空いているImg_9918syukusyou

 朝のお弁当を済ませ、新聞を読み終えるころに豊橋へ、大垣行き新快速に乗り換える。名古屋で9時26分発の関西線に乗り、亀山へ11時、さらに乗り継いで松阪に12時08分に着いた。

 途中、四日市付近、鈴鹿山地の山並が美しい。

 いつか、鈴鹿山系の山は登ってみたい。

 松阪で約2時間、有名な松阪肉を食べて、すこし観光の予定である。 Img_9938syukusyou Img_9939syukusyou

 

 ビールを飲ませ、マッサージをして育てたという松阪牛の霜降り肉のステーキ、和田金や三松が有名である。

 でも、目が飛び出るようなお値段のステーキをランチで食べるのは、年金生活者にはあまりに身の程過ぎるし、健康にも良くない。

 まあ、お店だけでもどんなのか、、、話の種に前を眺めながら通り過ぎた。Img_9937syukusyou_1

 そして駅の近く、焼肉、ステーキハウス北村へ入った。

 感じの良い若いコックさんと娘さん、、客は我々だけだった。

 やはり、松阪へ来たからには極上霜降り松阪肉ステーキを食べなきゃ、

 焼き肉定食と極上松阪肉ステーキ150Grを注文した。

 同じものを和田金で注文すれば、確実に2倍以上の値段である

 150Grなので、お肉が薄いため、さっとレアで出されたのを、少し炙って

 お箸でいただいた

 舌の上でとろけるような感触、なるほどこれが松阪肉か~Img_9934syukusyou

 赤身の中に脂肪が細かく分散し、美しく細かいモザイク模様をなしている、、

 確かに、こんなに柔らかく美味しいお肉をいただくのははじめてである

 しかし、それほど一度にたくさん食べられるお肉ではない(お金があっても、、、)

 150Grで丁度適量であった。

 赤身の鉄板焼きとステーキ一人前づつを妻と二人で分けて食べて十分満足であった

 食後に、町をすこし散策したImg_9942syukusyou Img_9946syukusyou

 

 

 

 

 松阪は松阪商人発祥の地、三井本家の越後屋も松阪の出であり、その三井高利ゆかり屋敷跡があった。Img_9945syukusyou_1 Img_9944syukusyou_1

 松阪商人小津家の店は、常時使用人が20数名、多くの部屋と台所、かまど、蔵、納屋、

 千両箱、万両箱、、当時の豪商の屋敷、生活が想像できる。

 また、国学者 本居宣長の住居跡、住居そのものは松阪城内の記念館に移されて見ることは出来なかった。

 松阪14時19分の鳥羽行きの汽車に乗り、多気駅に14時30分、約1時間の待ち合わせで15時27分紀勢線の新宮行き乗り換えたImg_9948syukusyou Img_9952syukusyou

 二両連結のワンマンカー、途中の駅のほとんどは無人駅である。

 深い山の中、川に沿って曲がりくねりながら、トンネル、またトンネル、両脇の杉、桧が植林された山林は、よく手入れされていた。

  また、三重県は静岡と同じくお茶の生産地であり、お茶園も汽車の沿線にしばしば見られた。

 熊野街道沿の山林地帯を抜けると紀伊長島で熊野灘、汽車は相変わらずトンネルまたトンネル、海岸線を走る。Img_9962syukusyou Img_9966syukusyou                                                                                                               

Img_9970syukusyou トンネルを抜けた瞬間、美しい海岸線が一瞬に現れる。

いつも、カメラを構えていないとシャッターチャンスを逃してしまう

線路に沿って走る黒い通信用ケーブルが邪魔して写真を撮れないこともある

対面に座り本を読んでいる妻に「それ!綺麗だぞ!」と叫んでも、

その瞬間、再びトンネルに入ってしまう。

  そうこうしているうちに、汽車は尾鷲Img_9972syukusyoyu に到着した。

後、二つ目の駅が今日の宿泊、旅の目的地の九鬼である。

九鬼は有名な九鬼水軍の発祥の地である。

前日に、宿泊のため、唯一の旅館に電話を入れた。

「えっ 宿泊ですか、、、??  明日、、??」とビックリしたような怪訝な声

  「駅から旅館までのアクセスは、、、タクシーでも?」

 「駅は無人で、タクシーはありません。 駅前で町営バスに乗っていただいて終点です」と。

  どんなところだろう、、、といささか楽しみだった。

  尾鷲を出た汽車は大曽根浦駅を経て、長いトンネルを幾つかくぐり17時28分に九鬼駅に着いた。Img_9976syukusyou Img_0014syukusyou Img_0007syukusyou

 三方を高く険しい山に囲まれた静かな入り江、今まで見てきた熊野灘の太平洋の大きな荒波が嘘のようである

 九鬼駅は無人駅、駅前で待っていた町営バスに乗り、写真左側の海岸線に沿って九鬼の町、終点に着いた。

 バスは旅館の前に停めてくれて、宮崎屋旅館のおばさんが迎えてくれた。

 旅館の前は漁港、直ぐ裏山には代々九鬼宗家を祭る九木神社の鳥居、本殿に通じる石段が見えていた。

 旅館は、もちろんのこと客は我々夫婦のみ、

 10年前、3000mのトンネルが完成し国道が開通するまでは、多くの釣り客が鉄道で名古屋方面から来て、泊まり客で廊下まで溢れるほどだった。

 しかし、国道が開通し名古屋から車で2時間で来れるようになってからは、泊まり客は無くなったという。

 夕食は,イナダの刺身、ボラの塩焼き、野菜の天婦羅、野菜の煮物、、、、、美味しかった。

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コメント

20年前と変わらぬ『和田金』の店構え、懐かしく取材した日を思い出しました。
こちらは雨続きの日々で、心配しておりましたが、どうやらご無事に旅程を終えられたご様子、良かったですね。
俗化した観光地より、歴史を知って選んで歩いた道中は、ずっと有意義だったと思います。
ほかに客も居ない旅館での、老夫婦(ごめんなさい)だけってのもいいですね。

投稿: ばら色婆ァバ | 2006年10月 6日 (金) 20時41分

ばら色さま
当時、和田金でお値段も美味しさも最高の松坂牛ステーキをお食べになったのでしょうね。
天気は悪かったけど、ほとんど気にならず、かえって涼しくて過ごしやすかったよ。
老夫婦の旅、、たくさんお見かけしましたね~
でも、どのカップルも我々より10歳以上老けて見えて、、、、

投稿: ナベショー | 2006年10月 7日 (土) 20時49分

紀勢線、本当にトンネルの連続ですね。ディーゼルカーだとエンジン音で峠を越えたかどうかが良くわかります。
僕は、以前地図を手元において乗っていました。少しでも次に現れる景色を予測しておくために。

投稿: ぞう | 2006年10月 9日 (月) 03時25分

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