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2009年1月18日 (日)

青春18切符の旅 会津戦争の史跡を訪ねて

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会津酒造歴史館

右側の立て札は、中村半次郎(桐野利秋)他官軍の代表に、礼服を着た会津藩主松平容保が降伏の書を手渡す場面が描かれている。

この場所が降伏の儀式が行われた跡地なのである。

ここに、鳥羽伏見の戦いから始まった戊辰戦争は 会津藩全面降伏によって終結する。

鶴ヶ城に立ち上る煙を見て、城の落城と間違えた白虎隊15~17歳の少年達、20名が飯盛山で自刃するのは、その一ヶ月前

会津戦争は、会津藩士とその家族、女子、子供、町人、農民に至るまで巻き込んだ悲劇である。

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歴史は勝者の側から書かれたものが多い。

しかし、この本は敗者である会津藩士の日記から書かれた明治維新の歴史

荒川勝重は会津藩の中級武士、

藩主容保に従って京都詰、鳥羽伏見の戦いから会津戦争、

さらに明治維新後の斗南に移住した藩士達家族の下北半島での過酷な生活

勝重の詳細な日記を元に書かれた「敗者の維新史」(星 亮一著 中公新書)

この本を読んだのは、もうかれこれ15年くらい前だったろうか、、、

1986年(昭和61年)の年末に日本テレビで放映された時代劇スペシャル「白虎隊」とその主題歌の「愛しき日々」(小椋桂作曲、堀内孝雄作詞)を覚えてられる人も多いであろう。

この歌をカラオケで歌う時、思い出して涙が出てくるのを止めえない。

薩長新政府への恭順を説いた神保修理は、藩を説得できず、逆に薩長に内通した裏切り者として切腹に追いやられる。

残された妻を池上季実子、妻の父を森繁久弥が演じる。

修理の妻は会津戦争では、娘子隊に志願し、戦いの中,捕らえられて、官軍の陣の庭で自刃し果てる(23歳)場面を記憶されてるだろうか?

この碑は、会津藩筆頭家老だった西郷頼母邸の跡

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文字が小さくて読みづらいので、アップでご覧ください。Img_8090syuku

 

西郷家は藩祖、保科正之と同族の家柄、代々の家老を務める

幕末の京都の治安のため、会津藩に京都守護職の任命が下ったとき、頼母は固辞するようにと藩主を説得するも、聞き入れられず

薩長同盟を機に、頼母は薩長への帰順を進言するも藩主容保は聞き入れず、止む無く鳥羽伏見の戦いに参戦し大敗

鶴ヶ城籠城戦のときは、頼母が入城した後、頼母の屋敷で家族一族21人が壮絶な自決するという悲劇

白虎隊20名が飯盛山で自刃した同日のことである。

鶴ヶ城籠城の激戦の中をかいくぐった頼母は榎本武揚の新政府樹立に参画するも。

函館戦争で敗北、捕らえられたが、のち助命され、日光東照宮の禰宜(ネギ)となった。

皮肉なことに、日光東照宮の宮司は,かっての主君容保であった。

二人は何を思い、何を語り合ったのであろうか。

晩年は会津の小さな十軒長屋に下女と住み、明治36年に74歳の生涯を閉じる。

若い主君、血気な藩士たちの説得がかなわず、会津藩を過酷な苦難に追いやってしまった責めを生涯負い続けた人生であった。

勝重の日記にはただの一行も、その頼母の死には触れられず、葬儀も寂しいものだったそうである。

会津藩士達家族は会津を追われて、青森県下北半島の原野に新しく作られた斗南藩に移住

原野の開拓作業に従事するが、厳寒の冬、厳しい過酷な生活の中で、餓死者や死人、多くの犠牲者が出て、この移住計画は失敗する、、、、Img_8187syuku_3

「敗者の維新史」を読んだとき、いづれは会津若松の、悲惨な会津戦争の史跡を訪れたいと思った。

会津といえば白虎隊と堀内孝雄の「愛しき日々」くらいしか知らなかったのだから、、、、、

今回は、雪のために多くの史跡を歩けなかった。

また白虎隊が自刃した飯盛山やお墓も行きたかった。

これは、会津駅前にある白虎隊の像である。

会津戦争での会津軍の戦死者は少年白虎隊、若い女子で組織した娘子隊、家族も含めて3000人を越え、会津の町の大半は灰塵と化した。

会津藩の苦しみは、それに終わらず,斗南藩での過酷な生活が続く

次回は雪の無いときに、再び訪れたいものである。

モンタ、、今日は少々重いお話になったね。Img_7715syuku                             

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コメント

悲劇、ロマン、ドラマ、そして涙の土地なんだね。
なんとも沢山の命が絶たれたことか、、、。この美しい雪に包まれた景色からは想像もつかないほどだね。

西洋には"切腹(HARAKIRIで知られている。。)”と言う文化がない。何か大きな過ちを犯した、恥、失態、そういうものに関して、日本人は自ら責任を取ろうとする。現代でも切腹はしなくても、心の中ではそういう気持ちが残っているから、失敗に対して自分を許せない人が多いいと思う。その点、アメリカ人はあっけらかんとしている。

昔のアメリカのコメディーで侍の格好をした寿司職人がお客さんに山葵のつきすぎた寿司を出してしまって“誠にすみません。腹切りしてお詫びします。”っというのがあった。

日本人の心の文化は彼らにはわからないだろうなあ。

投稿: LAの次女 | 2009年1月19日 (月) 04時57分

堀内孝雄の愛しき日々がバックに流れ、白虎隊が次々に自害していくシーン・・・泣けました。カラオケでも泣きそうになる気持ち判ります。
会津の事をもっと知ってから、旅行はいつか行ってみたいです。
雪でとっても感激しましたが、動きづらいみたいですね・・・また今度も行こうっていう楽しみが出来ていいですねheart04

投稿: kawazuzakura | 2009年1月19日 (月) 08時10分

おはようございます

不得手な歴史なんですが、ナベショー先生のお話から興味のある人物から読んでいけばいいのかな?とも思いました。
勝者よりも敗者に惹かれます。
私のは、まだまだ難しいですが『敗者の維新史』いつか読んでみたいです。歴史ってきっと個人の気持ちなんでしょうね。そんなふうに思って読んでみたいです。どうしても年表が。。。。つい苦手の原因です。
モンタ君、希望に満ちた顔してますね。

投稿: ムックのお母ちゃん | 2009年1月19日 (月) 08時47分

おはようございま~す♪ナベショーさま
近代になるほど 史実は生々しく授業も気が重いものでしたが
日本人として 知っておかなけれぱという思いもあり
函館を訪れてみました。五稜郭 函館山 そこここに残る史跡‥‥思いを沈め 輝く夜景
今度は、函館まで青春 するようですね~♪
(考えてみれば福島のほうが近かったなぁ)

投稿: キュリー | 2009年1月19日 (月) 09時09分

雪の会津も、またとってもすてきですね!移動には不自由でしたでしょうが、絵になる景色で...。
旅もナベショーさんのように、歴史の知識をもって臨むと何倍にも楽しめ、思い出としてもすばらしいですね!
私も旅が大好きですが、歴史...苦手でした。いろいろな史跡等を訪ねるたび、学生の頃もっと歴史をしっかり勉強しておけばと、いまさらながら悔やんでばかりです。

投稿: chobingon | 2009年1月19日 (月) 09時28分

れおぽんは、旅はそんなにしたことはないのですが、
いつも何も調べてもしないで赴くので・・・
ついてから…もっと調べていけばよかった…
と後悔します。

でも次も同じパターン。ナベショーさんはどっちですか?

投稿: れおん | 2009年1月19日 (月) 10時23分

私たち夫婦が訪ねたのは秋でしたから、白虎隊の墓参りをしてから鶴ヶ城に行きました。

飯盛山のサザエ堂というのも不思議な建物でしたが・・・。

ほとんど同じような史跡を回りましたので、懐かしく読ませていただいています。(応援)

投稿: ば~ば | 2009年1月19日 (月) 10時23分

この時代がややこしくまったくわからないです~

一番面白いと~言われてますが・・・

日本史~勉強し直さなきゃ~

ぽちっと!

投稿: マグロ君 | 2009年1月19日 (月) 12時04分

歴史は、表裏があるんですね。

確かに勝つの反対には、負けるがあり、負ける=悪では、ありませんからね。

戦乱の世や、幕末の世は、何が正義で何が悪になるのか、本当に人を翻弄させる時代ですね。

その中で失われる命・・・命に重い、軽いなんて無いですから、やはり、悲しい時代ですね。

しかし、その時代を経て今がある。その命の意味や、一人、一人の亡くなられた思いがあって生かされている自分がいます。


今、現在を感謝し、一日、生かされている自分に感謝です。

投稿: こだわり野菜宅配 すくすく | 2009年1月19日 (月) 17時15分

LAの次女さん
死者は白虎隊の20人を入れても3000人、自害した家族の死者も多かったのも悲劇です。
死をもって責任を取るという武士道の精神は、今の日本じゃ完全に風化して、政治家も経営者も、TVカメラの前で頭を下げれば済むほどに、退化してしまったよ。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 17時32分

kawazuzakuraさま
20年以上前の感動のTVドラマ、、覚えておられましたか!
堀内孝雄の「愛しき日々」がいいですね。
青春18切符で静岡を朝出れば、夕方には会津に着きますよ。
北陸や東北、雪国に冬に旅行する時は、凍結した道路を歩くためにマジでアイゼンを持っていかねばならないようです。
今度は、春の青春18で再度行こうと思ってます。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 17時42分

ムックのお母ちゃんさま
僕も授業の歴史は不得手、記憶力が悪いので年表が覚えられず、、、だから大嫌い!
でも、中年以後になって、会社や家庭、いろいろ人並みの苦労や悲哀の人生も経験しだした頃から、歴史と言うか、歴史上の人物の生き様、死に様に共感や興味を覚えるようになりました。
英雄よりも、むしろ敗者の、、、
会津藩の敗者の歴史において救われるのは、維新後に教育界や様々な分野で活躍をする優れた人材が数多く輩出したことです。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 17時55分

キュリーさま
最後の戦いとなった函館戦争、、北海道にも行きたいです。
青春18切符じゃ、一日では無理ですね。
東北は米沢、仙台、山形、秋田、青森、、、会津をスタートに少しづつ足を伸ばしていきます。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 19時14分

chobingonさま
高校時代は日本史も世界史の苦手、、年表が覚えられないんです。
歴史が好きになって、いろんな本を読んだり、NHKのTV番組「堂々日本史」「そのとき歴史が動いた」などを好んで見る様になりました。
歴史上の人物の生き様、死に様に共感します。
史跡を訪ねる前に、NETで調べれば、かなりのことがわかりますね。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 19時20分

れおんさま
行く前にはNETで調べて、現地で見学し、帰ってから、再度復讐すると、良く理解も出きるし、興味、楽しさ、旅が3倍楽しめますよ。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 19時22分

ば~ばさま
次回は飯盛山や、多くの史跡を徒歩とバスで一日かけて回りたいと思っています。
こんなで、おおよその会津の町の様子がつかめましたので、、、

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 19時25分

マグロ君さま
戦国時代から徳川幕府成立までと、幕末から明治維新は、非常に面白いですね。
歴史は勉強するものではなく、楽しむものですよ。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 19時28分

こだわり野菜宅配すくすくさま
人は、大義があれば、そのために自分の命を投げ出すことが出きる。
家族を救うため、悪政から村を守るため、国を敵から守るため、多くの人の命の身代りの犠牲になるため、、
歴史は、そうした様々な人たちの死に様の書ともいえますね。
さて、自分は、何のためなら自ら死ねるだろうか?
ハリウドの映画、「プライベートライアン」をご覧になったことがありますか。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 19時37分

●ナベショーさんのように博識だと
旅もまた味わいが深まりますね。
すばらしい旅、PC画面でぬくぬくと楽しませていただいています。
行きたいなぁ〜雪の旅に、と思いつつ。

投稿: るな | 2009年1月19日 (月) 20時28分

まるで、「宇宙戦艦ヤマト」の一場面みたいなお話、歴史ですね。ヤマトでは、主人公が敗者であった敵側を思い、泣いていましたね。

投稿: hiroko | 2009年1月19日 (月) 20時41分

飯盛山は,なんともいえない気分になったことを思い出します。

投稿: tirokluro | 2009年1月19日 (月) 21時58分

るなさま
そんなに博識でもありません。
本やネットでにわか勉強です。
今はネットで何でもすぐに調べられるから便利ですね。
寒いと言っても、電車の中も、宿も暖かいので、雪の旅はいいですよ~

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 23時39分

hirokoさま
宇宙戦艦ヤマトでは、敵を滅ぼしてしまうんですね。
勇敢に戦った敵に対し、涙、、、、
でも会津戦争では、情け容赦の無い憎しみに満ちた悲惨な殺し合いでした。
家族も巻き込んだ、、、

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 23時44分

tirokluroさま
白虎隊、、15~17歳といえば、高校生くらいの年齢ですね。
21人が、傷ついた身体、互いに刀で刺し違えて自刃し果てる、、
次回の訪問では、飯盛山から鶴ヶ城を眺めてみたい。

投稿: ナベショー | 2009年1月19日 (月) 23時50分

素敵な街会津・・なんて思いながらお写真を見ていました。
が、重い歴史をしょった街だったのですね。
近代史(この頃はそう呼んでもいいのでしょうか)複雑過ぎて、わからないことばかりで、あまり興味持てませんでしたが、敗者の維新史、読んでみたくなりました。

来週、歴史とは違う目的で会津へは訪れるのですが、
時代の背景は、勉強しておかないといけませんね。

愛しき人々、大好きな歌です。
この歌が時折挿入されるこのドラマ、
チョコちょこっと見ていました。
いいドラマでしたね。

投稿: にりんそう | 2009年1月20日 (火) 10時41分

にりんそうさま
是非、敗者の維新史、読んでみてください。
60数年前の太平洋戦争以来、日本はやっと平和な国になりましたが、今も、世界には、戦乱や飢餓で苦しんでいる国がたくさんあります。
今の平和は、当時の犠牲の上に成り立っているように思います。

投稿: ナベショー | 2009年1月21日 (水) 16時12分

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