« 難点でも、何点でもない南天 | トップページ | 今日はモンタデー »

2009年1月 7日 (水)

義母の食事

ブログランキング人気blogランキング [花、ガーデニング」今日も応援クリックお願いします。Img_7238syuku

12月の中旬から咲き始めた蝋梅

既に満開、毎朝、ヒヨドリが来て、花を突くと見えて、地面に花がたくさん落ちている。Img_7240syuku

日の光に半透明に透けて、ほんとに蝋Img_7227syuku のようである

妻の母は88歳、6年前に脳梗塞で倒れて、言語障害になって会話が出来ない、、介護度 4。

ヨチヨチながら自分で歩くことも、箸を使って長時間ながらも自身で食事も出きる。

しかし、その行動は、まともと、でたらめとが入り混じる。

たとえば、夕方閉めてあるカーテンを朝と間違えてるのか、開け始める。

食卓を布巾で拭いてる積りなのだろう、、、眼鏡ケースを持ってテーブルを撫ぜ始める。

それでも、毎日デーケアーに行き、月二回のショートステイーは可能である。

昨年末、けんちん汁に入ってた小さなコンニャクを喉に詰めて、あわや、、、もう駄目か、、、と、、

即119番、救急車の到着までに、近所に住む看護師のSさんにきてもらい、何とかコンニャクを吐き出させた。

一週間以上、便秘が続き、妻は大苦労、、、

最近は、食事の時に、口を開けて閉じるタイミングと、箸にはさんだ食べ物を口に運ぶタイミングがずれて、ほとんど食べ物が口に入らない、、

しかし、まともに出きる時と、全く出来ない時の周期がある。

先日の夕食のお好み焼き、、、肉も野菜も細かく刻んだにも係らず、全部肉と野菜を除けて、小麦粉の部分だけを箸で口に運んだ、、、、ほとんどこぼしてたが、、、

昨日、デーケアー先のセンター長の方から電話、脱水症状になりかけてるから、即、医者に行くように、、と。

すぐ、妻がかかりつけの医院に連れて行って、点滴、、、

帰宅して、すこぶる元気になった!

満足に食事ができないと、水分も不足するから、脱水症状になる、、、

妻とナベショーが考えた義母用の料理、、、と言っても、幾度か紹介してるものだが、、、

長芋をすりおろし、レンコン、里芋もすりおろし、潰した豆腐、生卵、鶏の挽肉、片栗粉、刻みネギ、花カツオ、醤油を少々で美味しく味を整え良く混ぜるImg_7377syuku

スプーンで取って油で揚げるImg_7379syuku                                     

出来上がり!Img_7388syuku                                                 

大根おろしに柚子ポン酢でImg_7397syuku !                                    

フライパンに油をしいて、どんどん焼き風に、、両面を焼くImg_7382syuku                    

こんがりと小麦色Img_7387syuku 、、、お好み焼きは駄目でも、これならどうだ!                

昔の人は、小麦粉とネギだけで焼いたどんどん焼きの懐かしい思い出があるはず。

水分も取らないと、、、、野菜の中に落としてツミレ鍋Img_7391syuku                        

少し、油で表面だけ揚げて鍋に入れるほうが崩れにくい。

それに、昨日載せた柚子味噌ご飯Img_7399syuku                                 

料理は、あらかじめ小さく崩しておくと、一切れずつ箸で挟んで、タイミングよくくにの中に運ぶことが出来た!

ご飯も、硬すぎてもこぼれて駄目、お粥でも駄目、すこし柔らか目のご飯が、箸で取るのに丁度良い。

時間はかかったが、ほとんどこぼさずに、全部の料理を平らげてくれた、、、

妻と顔を見合わせて、ヤッター!

しかし、ほんとにほとんど食べられなくなったら、、、、

医者は言う、、

年を取ると、みんなそうなるんですよ、、、

、、で、そうなったら、、?

脱水症状になるし、栄養も取れないから、、

お腹に管を通して、流動食を、、、、、という方法もある

口から取る場合も、食べ物が気管に入らないようにコントロールする機能も失せてくるから、肺に食べ物が入って肺炎になることも、、、

う~ん、、、、、、、

モンタ、、、今日はいい顔してるよ!                                       

 Img_7079syuku                                                              

今日も、「花・ガーデニング」部門

人気blogランキングブログランキングをクリックしていただけるとモンタも喜びます。

|

« 難点でも、何点でもない南天 | トップページ | 今日はモンタデー »

コメント

小学生のときに、戦争のころの生活をお年寄りに聞くっていう課題があって、おばあちゃんに聞いたことがある。すいとん、よくつくったんだよって。あのころは毎日すいとん。でも今でも懐かしくて大好きだよって。

そうか、電話ではお母さん何も言わないから、、、、。元気だったころのおばあちゃんと、そのギャップで心が締め付けられるような気がします。

”何があっても夢はあきらめちゃだめだよ、ゆうちゃん。”この言葉のおかげでずいぶんがんばれたか。

そばにいてあげられないのがとてもつらいけれど、元気にやっていることが、おばあちゃん孝行だよというおばあちゃん、お母さんの言葉を信じて、私がんばるね。

投稿: LAの次女 | 2009年1月 8日 (木) 03時07分

おはようございます
食事の工夫もおいしさを損なわずにされているのはすごいですね。
私が子どもの頃、下の世話が大変だから、と寝たきりの曾祖母に伯母はあまりお茶を飲ませてあげなかったとか。ところが、亡くなる直前、遠く離れたところに住む姉妹が異常にお茶を飲む、どうしてかわからないけれど、お茶を飲んで飲んで飲みまくっていた。夢でも「お茶が飲みたい」と話してきたとか。その後、曾祖母が亡くなってことの次第が明らかに。
なんだか悲しい思い出です。

投稿: でつ | 2009年1月 8日 (木) 07時01分

おはようございます

ナベショーさん、奥様の優しさに頭が下がります。
私も87歳の母と同居しています。75歳で骨折、80歳を過ぎてペースメカーを埋め込み今は食欲もあり何とか元気にはしていますが、食事の飲み込みには咳き込んだりすることもしばしばあります。ご飯は柔らかく炊いて魚や野菜の煮込みが多い食事ですが正直、毎日が大変です。
主人も単身赴任が長く帰ると母には優しくしてくれますが、ついイライラしてしまう私とはバトルもあります。
介護の申請は、父がいた頃からしていますが二人とも介護ヘルパーには、お世話になる気持ちはないようです。
本当に難しいですね。私自身も含めて歳を取ることの難しさを痛感します。
ねぇモンタ君穏やかに努力したいです。

投稿: ムックのお母ちゃん | 2009年1月 8日 (木) 08時38分

今後はリアルにうきたんの出番多くなりそう。
あの子家では偉そうにしているけど、
学校ではこの分野の対処法や、
お食事のこといっぱい勉強しているみたいです。
実習も始まっています。
座らせるのだって力学があるらしく、上手です。

なので…心強いです。すでに専門家ですから。
すでに越されました…学業は…
悔しいですけど、嬉しいです。

投稿: れおん | 2009年1月 8日 (木) 09時32分

ナベショーさん、奥様共に困難に前向きに取り組んで居られる様子に!感激です。「介護は大変ですね。」としか云いようが有りませんが、自分より大変な人がマダマダ一杯居ると思いながら、私はやってました。最近は医学知識が進んでいて、先の事が想像つくので、尚更、厄介ですが、兎も角、お母様の機嫌の良いようにされるのが一番でしょう。出来る事をして置くのが自身のためにも一番良い事です。ガンバレ!!!

投稿: 浦和のGG | 2009年1月 8日 (木) 10時33分

うなづく事が多い内容です。
年末年始はデイサービスがお休みで何も刺激がないし、家の中もワサワサしていて、私の母も普段とは違い落ち着かなかったのでしょう。
親類がたくさん来るという日の早朝、行方不明になってしまいました。
一人でそんな歩けるはずないのにネ。
朝5時半に起きたら、ベッドがもぬけの殻でした。
でも早い時点で、警察が300mほど離れた道端に倒れているのを発見してくれて、救急車で病院へ。
低体温と軽い脱水症状で、点滴をうけ帰宅できました。
母にとっては、変わりない毎日が淡々と続くのが一番のようです。
昨日からショートステイに1週間預っていただき、送り出した後の私は壊れましたよ~
これからは、もう少しショートステイを増やしていこうかと思ってます。
先々のことはその時になってから考えれば良いのでは?
なるようにしかならない?

投稿: MONA | 2009年1月 8日 (木) 12時44分

母のときのことが蘇って涙が出ました。

便秘で腸が腐りかけ人工肛門になったこと、気管が詰まって気管切開したこと、最後は胃に管を通すことを勧められ母が泣いたこと・・・。

傍に居てやれなかったので病院に任せたましたが、私の心に重く辛い思い出ばかりです。

ナベショーさんや奥様のように、体調や様子を見ながら世話をしたらもう少し生きられたのでしょうか。

胃に穴を開けないと間もなく命も終わるからと言われた最後の手術に、母が泣いて嫌がったのは「もういいから、お父さんのところに行かせて」と言ってくれたんだと、私を納得させましたが、離れていて介護を仕切れなかった思いは消えません。

介護って、結局は見送ったあとに自分に後悔を残すことが無いように精一杯看ることじゃなかったかと、今頃になって時折涙が出ます。

お義母様はきっと幸せな一生になることでしょうね。

投稿: ば~ば | 2009年1月 8日 (木) 13時15分

お義母様、幸せですね~

お世話になった身内、当り前のようですが、

なかなか出切る事じゃないですよね~

マグロ君は出来るんだろうか?

マグロ妻は?

ちょっと心配です。


ぽちっと!

投稿: マグロ君 | 2009年1月 8日 (木) 14時39分

LAの次女さん
元気で表情も生き生きしてる時と、死んだようなくらいうつろな表情で全く駄目な時、、周期的に繰り返してるようです。
子供のころからずいぶんとお世話になったり、元気を貰ったり、励まされたりしたね。
そう、、おばあちゃんにとって、孫達が元気にやってることが、一番うれしいことと思うよ。

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 17時06分

でつさま
まあ、、元気で一人で暮らしてた時に比べれば、介護のために一緒に暮らしてる今の方が、美味しいご馳走を毎日食べられて幸せだと思うよ!
ぼくは日々の料理には、絶対に手を抜かないので、、、
だんだん弱って寝たきりになったとき、介護されるもの、介護するもの、、それぞれ日々24時間大変な状態が続くので、十分に満足いくようには、なかなか出来ないですね。
僕の母の場合は、末期癌で病院ではなく自宅での訪問介護をして貰ったのですが、やはり点滴による水分補給が十分でなく、心臓発作のために緊急入院、死期を早めてしまいました。
でも、みんなで試行錯誤しながら看病した結果なので悔いはありません。

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 17時26分

ムックのお母ちゃんさま
ご主人の長い単身赴任に中での、お母さんの介護、、
たいへんですね。
僕の母のときは、末期癌の母の介護を妻がやってたので、単身赴任の僕が週末に帰宅すると、いつもイライラをぶっつけられました。
義母はデイケアーとショートステイに行ってくれるので、非常に助かってますが、デイケアーに行く元気がなくなり、寝たきり状態になったときにどうするかが問題です。
自分自身がそうなった時、、、どうなるだろうか?

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 17時38分

れおんさま
娘さん、、しっかりがんばって勉強しておられ、介護の専門、、、心強いですね。
子供は外に出て、歩んでいくことにより、自立してしっかりしてくる、、

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 19時46分

浦和のGGさま
義母の介護を始めた当初、高齢のご両親を同時に一人で最後まで介護されたGG様には、いろいろ教えていただいたり励ましていただきましたが、何とかやっております。
ほんとに、自分達よりもはるかに大変な介護をされてる方達のことをしばしば見聞きます。

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 19時53分

MONAさま
一人でどこかへ出て行って見えなくなる、、MONAさまも大変だったんですね。
比較的まともなのと、おかしいのが周期的に繰り返されてますが、思えばどこかへ連れて行ったり、あまり利用してない施設のデイケアーへ行ってきた後とか、、変化の後に疲れが出ておかしくなるのかもしれません。
うちは、基本的には月~土のデイケアーと毎月二回、5~6日づつのショートステイの繰り返し、ショートステイの時に、二人で旅行や山歩きなどを楽しむようにしています。
先々のこと、、そのときになって考えれば、、ですね~

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 20時07分

ば~ばさま
遠方のお母様のこと、大変でしたね。
便秘がきっかけで、そこまで進んでしまうとは、身につまされます。
今も、一週間くらい出なくて、下剤を処方して、数日かかって力ずくでやっと出し、、の繰り返し。
自身の力で排便することが出来なくなるんですね。
加齢とともに誰もがそのようになっていくのだと思うと、複雑な思いです。
胃に穴開けて管を通してまで、、はかわいそうですが、いづれ医者から、どちらにしますか、、と聞かれる時が来るでしょう。

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 20時17分

マグロ君さま
介護はみんな順繰りの回りもの、、、ナベショーも今は、のんきにブログなんぞ綴って遊んでますが、いずれは妻に介護されるか、直接妻を介護する身に、、、
元気なうちに、介護される状態になったときに自分をどうして欲しいか、家族に言っておかねばなりませんね~

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 20時24分

明日はわが身と、、、
背を向けては通れない道です。

母君、なんてお幸せな方でしょう。

投稿: やまんば | 2009年1月 8日 (木) 21時24分

義母さんは幸せですね~
奥さんもナベショーさんも一生懸命介護しながら、生活は楽しく生きている・・・でも悩む部分は誰でもあると思います。もし自分だったら・・・って事を一番に考えてあげるのがいいと思います。
私だったら、管を通してまで生きたくない・・・昔は自然に食が細くなり枯れたように、全然痛くなく行けたんでしょうが・・・。

確かに介護は後で後悔が残らないように・・・と思います。

投稿: kawazuzakura | 2009年1月 8日 (木) 22時44分

やまんばさま
明日はわが身、、、ですね。
すべての人が通る人生最後のセレモニーとそこに至る道行、、、ナベショーの場合は、、

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 23時06分

kawazuzakuraさま
僕も菅を通して、、は嫌です。
また、認知症になって、次第に自分や周囲がわからなくなっていくのもいやです。
木の葉が紅葉して、やがて枯れ葉となり、自然に風に吹かれて散っていくようなの、、、、がいいな。
しかし、介護やターミナル医療について家族、身内、親戚の間で意見、考えが異なる場合が困りますね。
菅を通してでも、最先端の医学治療で、一分、一秒でも、、、あるいは、自然の状態に任せて、、と。

投稿: ナベショー | 2009年1月 8日 (木) 23時18分

幸か不幸か、私はこのような介護の経験がなく
夫のご両親も、私の両親も何の介護もなくなくなっていきました。
これからの自分のこと、そして夫のこと、
考えると身につまされる思いです。

LAのお嬢様の優しさに、涙が出てしまいました。

投稿: にりんそう | 2009年1月 9日 (金) 09時53分

私の母のことを思い出しました...。
弟夫婦が世話をしてくれていましたが、私は離れているのと、仕事のため、たまにしか行くことが出来ず、私の顔もわからなくなって、とっても悲しい思いをしました。
弟夫婦がとてもよく世話をしてくれ、自宅介護の限界までがんばってくれて、今でも、頭の下がる思いでいっぱいです。
私自身なにも出来なかったことに対する後悔が残ってますが...。

投稿: chobingon | 2009年1月 9日 (金) 09時57分

にりんそうさま
私も妻も、父親は早くに亡くしましたが、老いた母の介護は10年前に母を、今は5年前から妻の母を、、、
今度は、夫婦、どちらかが連れ合いを、、老老介護は大変でしょうね。
今は介護保険による様々なサービスが受けられるので、僕も、その時は、介護者にために、わがまま言わずに素直にデイケアーやショートステイに行かないといけないかな~、、と。

投稿: ナベショー | 2009年1月 9日 (金) 19時27分

chobingonさま
遠方に離れてたり、仕事のために、十分な介護支援が出来ない場合は、それも辛いものがありますね。
最後まで、自宅での介護は、24時間極度のストレスにさらされて、大変なものがありますが、弟さん夫婦が良くお世話をされましたね。

投稿: ナベショー | 2009年1月 9日 (金) 19時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 難点でも、何点でもない南天 | トップページ | 今日はモンタデー »