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2011年11月14日 (月)

故郷の生家

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11月12日は、母の命日、、、

故郷の丹波、、綾部の上林へ

綾部市在住の妹夫婦と一緒に両親の墓参り

子供の頃から有名だった大銀杏の木を見に行った。

まだ、完全に色づいてはいないが、60年昔も、これくらいの威容であった。

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いったい、樹齢何年なんだろう?

猪、猿の農作物への被害は、どこも同じく、、、

地域全部の田畑を囲う鉄柵と電気柵設置、、、数百万円の設置費用

僕のような不在地主にも負担金の要請が来て、3万円を振り込んだ。

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このような完璧な柵も、知恵ある猿は電気のスイッチを切って入ったり、小さな隙間を見つけて小猿を入れて大根や芋を盗むとか、、、

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口上林十倉中町、お墓のある山から下りてくると、僕の生家の裏に出る。

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7人兄弟姉妹、父や多くの叔父さんや伯母さんたちが生まれ育った田舎の家

でも、早くから京都に出て師範学校に行った長子の叔父さんの名義

親戚の倒産にひっかり、田畑、山林を売り、貧乏になって次男以下の叔父さん伯母さん、父達も苦労しして育った。

おじいさんは早死にし、みんな奉公や養子に、各地に出て行って、最後におばあさんが亡くなった後、空き家のまま荒れ果てた家に、、、、

5男の父が戦争中に商売してた神戸から疎開して、空き家に家族が住わせてもらい、

昭和19年に、僕はこの家で産まれた。

雨が降ると、傘さして家の中をあるいたという、、、

もちろん、家賃を叔父に払いながら、茅葺の屋根も修復し、ちゃんと住める家に、、

兄に代わって先祖の墓を守り、法事や、夏休み、魚釣りや避暑、都会で暮らす親戚が大勢集まって泊まり、両親は兄達をもてなした。

僕が結婚して間もなく、67歳で父が癌で死んだ後、残った母のために、近くに住みやすい小さな家を建てた。

小さいながらも借家ではなく、自分の家

でも、生家は、再び誰も住まないままに荒廃し、、、、

壊すのかと思いしや、5~6年前に、ついに買う人があったと従兄から連絡があった。

買主は福知山の人、、、

週末ごとにご夫婦で通ってきて、素人ながらこつこつと荒れて崩れかけた廃屋を修復、

ほとんど原型を残しつつ、味わいのある古民家へと変貌していった。、、

時々、故郷に帰省するたびに、どんな家に生まれ変わるのか、、

立ち寄るのを楽しみにしていたが、、、

今回、立ち寄った時に、ちょうど居られて、案内していただいた。

収集したたくさんの古着や古い壷、お皿や鉢などを、並べて販売中

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いろんな人達が立ち寄って帰られる、、、

ダルマストーブを買っていく人、青磁の大皿を買っていく人、、、

崩れ落ちた白壁の土塀は無くなり、小奇麗な庭に、、

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大きな木や石の一つ一つが、、、子供の頃の思い出の中に、、

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家の中、、、

家族団らんの茶の間、、、

子供の頃は火を炊く囲炉裏、、、

間もなく堀り炬燵になった、、、

こんな素敵な囲炉裏に変身

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風呂やおくどさんのあった土間だったところは、床板が張られて、テーブルや椅子が置かれて素敵な空間に、、

正面左の柱はけや木の大黒柱

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天井の柱、梁、、、

子供の頃は、この梁の上をネズミが走りまわり、それを狙う青大将が這う、、

100年以上は経っているが、この太い柱、梁、、、びくともしない

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この竹の天井をアップ

真っ黒に煤けた天井の竹、一本一本外して洗って組みなおしたという、、

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高い天井、、、ランプ風の照明も風情があるね。

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縁側の6畳の三つ続きの部屋、、、、

冠婚葬祭、村の寄合、宴会はここで、、、

僕は、この部屋で寝起きし、勉強してた、、

冬は寒くて、手が凍えたが、、、

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天井と欄間、、、

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一番奥の部屋は床の間

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あと数年経てば綺麗に片付き、素晴らしい古民家として蘇る

日本の農村の家々、、、幸いにも、僕の生家は古民家として再生されたが、、、

過疎化した農村の多くの伝統的な日本家屋、

住む人もなく、草生して、荒廃し、崩れ落ちて、、、、

その代り、細い柱の狭くて貧弱な、合成建材や合板パネルの寿命の短い小さな家やコンクリートの集合住宅ばかりが増えていく、、

日本人は豊かさを求めて懸命に働き、、その結果得たものは、、、?

豊かさ、、、ってなんなのだろうね?

モンタ、、どう思う?

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コメント

ナベショーさん、こんばんは〜(^o^)ノ
うわぁ〜、故郷のご生家、素晴らしいですね!
思い出がたくさん詰まった生家が、‘ご実家’ではないのは複雑な思いもおありでしょうけれど、こんなに立派で素敵な古民家としてこれからも長く残されるのは本当に素晴らしいことだと思います。
ああ…、あのお部屋でナベショー少年は過ごしていたのですね〜(*^_^*)

サラリーマンが定年まで懸命に働いて、小洒落てはいるけれど華奢で小さな家1軒建てるのが精一杯という社会は、やはり何か間違っているような気がします…(~。~;)

投稿: ジェレ | 2011年11月14日 (月) 23時34分

このように受け継がれてくれる方がいるって,うれしいことですね。良さをしり,それを生かすのにも,あと数年ですか。なかなかできないことですね。
ナベショーさん,戻りたくなりませんでしたか。ナベショーさんも茶畑の再生をやってらっしゃるから,豊かさに対する価値観は通じるものがありますね。
モンタ君,ナベショーさんが帰ってほっとしたね。

投稿: tirokuro | 2011年11月15日 (火) 05時45分

モンタくんが言っていた「遠くに」は距離じゃなく時間のことだったのかな?
ナベショーさんの少年時代への旅でしょうか。
青大将が渡る梁、まるで日本昔話の世界ですね。
新しい買い主さんもまた楽園の住人なんですね。
古い良いところは残しなおかつ便利に快適に生まれ変わって素晴らしいですね。
私の生家は数年前取り壊されました。帰省のたび両親に娘の身長を測ってもらった柱等々、いろいろ悔いが残っているので今回のお話は自分のことのように嬉しいです。

投稿: 飛ぶクジラ | 2011年11月15日 (火) 08時26分

ナベショーさんちの実家が古民家として生まれ変わっていて、嬉しい限りですね。
柱も立派だし黒光りしてる木は良いですね~
昔の家はちょっと寒かったけど、心が落ち着きますね。

投稿: kawazuzakura | 2011年11月15日 (火) 19時48分

ジェレさま
生家、、良いも悪いもいろんな思い出がいっぱいの家、、親戚との間で、ずいぶん揉め事もありました。
解体されて更地になるより、こうして古民家として蘇る、、うれしいことです。
あのお部屋、冬は寒くて、、、風邪をひき、枕元の頭を冷やす洗面器の水が、朝には氷が張ってました。
あの太い柱や梁、、今はこんな太い木は手に入らないでしょう。

投稿: ナベショー | 2011年11月15日 (火) 20時03分

tirokuroさま
ほとんど、取り壊されて、廃材になってしまうとばかり思ってました。
こんな、素晴らしい古民家に蘇るなんて、、うれしいことです。
しかも、本職の大工さんではなく、素人の方なんですよ。
なかなか素晴らしい美的センスをお持ちです。
40~50歳代で、妻も向こうの出身なら、戻ってたでしょうが、もう、だめですね。
モンタ、、僕がいても居なくても、、マイペース!

投稿: ナベショー | 2011年11月15日 (火) 20時10分

飛ぶクジラさま
丹波綾部の上林の里、、、少年時代、自身のルーツを訪ねる旅でした。
仕事を持ちながら、コツコツと週末に夫婦で通って廃屋を古民家に蘇生、、その方、、まだ50歳代です。
まさに楽園の住人ですね。
庭の石、木々、柱、天井、板に書かれた僕の落書き、、すべて子供の頃の思い出がいっぱい、、これからもず~と見れるなんて、こんな幸せなことはありません。

投稿: ナベショー | 2011年11月15日 (火) 20時18分

kawazuzakuraさま
渋く黒光りする太い柱や梁、、もうこんな家を今建てることは困難でしょうね。
手入れ、管理すれば、数百年はびくともしない、、、
でも、昔の家、、寒かったです。
5枚も6枚も着込んで、炬燵の中に入ってました。
掛け布団も、重たいのを2枚もかけて、湯たんぽ入れて、、
勉強するときの暖房は、手を温める火鉢一つ、、、

投稿: ナベショー | 2011年11月15日 (火) 20時22分

とても広い、やっぱりたくさん人の集まるご生家だったのですね。素敵なお家です。
ナベショーさんのブログに皆が集まるのは、田舎でたくさんの人をもてなしていた、お父様やお母様の影響なのでしょうね。
本当に日本人は皆よく働いていると思う。それに見合うものを皆が得ているかというと、微妙だと思う。日本人から見ると貧しい国の人が、テレビで見ていると、人にとても親切だったりする。物がたくさん、必要なものはお金さえあれば手に入る。何かに感謝する事、昔より薄れているかも。

投稿: オレンジ | 2011年11月15日 (火) 20時59分

オレンジさま
田舎の家は、冠婚葬祭が自宅でできるだけの広さと部屋数がある家がほとんどです。
高度成長とともに都会に人が集中し、地方が過疎化して寂れていく、、、
今は、中国や韓国、東南アジアが経済成長の真っただ中、、日本は追い抜かれてしまったけど、これから成熟社会としてホントの意味での豊かな落ち着いた社会になって欲しいと思う、、
物質的な豊かさを得るために、多くの物を犠牲にしてお金を得ないと暮らしていけない、働く職がなくて結婚もできない若者、、、こんな日本にするつもりで今まで頑張ってきたのではなかったのに、、

投稿: ナベショー | 2011年11月15日 (火) 23時13分

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