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2015年8月22日 (土)

故郷の墓

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心疾患で急死した妹の密葬が8月6日、、、
お盆も明けて、21日に告別式
僕と妻は前日に藤枝から京都府の綾部に移動
綾部駅からバスに乗る、、
綾部市のシンボルとでもいうべき綾部大橋を眺め、約20分でバスは僕の生まれ育った故郷の口上林へ、、
曲がりくねった山間の県道を走り、やがて目の前に広い水田と集落が広がる
今は人手に渡っているが、赤い屋根の大きな家が、僕の生まれ育った生家
昭和18年に神戸三ノ宮で商売をしていた父母が姉達二人を連れて、空き家だった父の生家に疎開した。
昭和19年に僕が生まれ、昭和22年には妹が生まれ、家族は6人、、、
もし、疎開が遅かったら、神戸三ノ宮の生田神社界隈は酷い空襲のため、僕は生まれてなかったであろう。
戦後も、父母は神戸に帰ることなく、この地に定住、、
一番上の姉は若くして病死、、間もなく父も、、長生きした母も86歳で死に、、、
東京に住む姉と地元綾部に嫁いだ妹、、、、そして僕の三人になった。
しかし、最も若かった妹が、先に突然逝ってしまうとは、思いもよらず、、、
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父母の墓参り
お墓への道は綺麗に掃除されて、、、
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檜林に囲まれた村の共同墓地
40年前、67歳で父が病死した時、長男ではなく5男だった父には、この共同墓地の権利が無く、埋葬する場所が無かった。
空いてる場所に父のお墓を作らせて欲しいと願えども断られ、、、、
父が存命中なら何とかなったろうに、、当時、僕はまだ30歳、、、
世間の冷たさを実感した。
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しかし、幸いなことに、この共同墓地を囲む山林は父が所有、僕が相続した。
墓地に隣接する山の凸地を地ならしして、僕の家のお墓を作り、父のお骨を納めた。
そして、15年前に母のお骨も、、、
当時、植林したばかりの檜の苗も大きくなり、後50年(孫の代)も経てば立派になるだろう。
さあ、問題はこれから、、
地元に妹がいた今までは良かったが、、、
僕が死んだら、骨をこのお墓に、、、、
でも、静岡からは遠方過ぎる、、、
妻も、子供たちも困ろう、、、、
墓仕舞いをして、藤枝の教会墓地に移すか、、、?
妻はそれを望むだろう、、が、、、
この故郷にある山林や田畑、、、をどうするか、、?
僕が元気なうちにもろもろの課題を具体的に始末をしなければならない、、、
妹のように、何時、どうなるかわからない命、、
今回、実感しました。
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翌日の妹の告別式
小、中、高の地元での同級生、市民病院の車いすボランテイア、ウオーキング、などなどの多くの仲間が参列、大勢の賑やかな告別式でした。
モンタのお墓は忘れてない?
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明日もお会いしましょう!

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コメント

神戸三宮の生田神社の近くで育ちました。ナベショー様も神戸にご縁があったのですね。
水上勉だったか、三宮炎上と言う小説を思い出しました。

妹様は残念でしたが多くの方に見送られて良かったですね。

ナベショー様、山林や畑を所有なさっているなんてリッチですね。

投稿: Keiko S | 2015年8月23日 (日) 00時10分

あまりにも早すぎる妹様のご逝去、そのうえ、故郷で暮らしてくれていた、ただお一人のお身内、故郷が、また遠くなられましたね。

生きていくということは、こんな悲しい現実にも向かい合わなければならないのですね。

投稿: 野の花2517 | 2015年8月23日 (日) 06時52分

亡くなられた妹さん…
昭和22年生まれといえば私とそう違わない…
まだまだこれからなのに…
ご冥福をお祈りします。

投稿: North Wave | 2015年8月23日 (日) 07時05分

人も動物もいつか必ずやってくる「お別れ」と判っていても
妹さんの場合は早過ぎです・・・
身内の方々と沢山のお仲間に見守られ天に召されたのですね
妹さんのご冥福を心からお祈り申し上げます♡

お墓の問題は、子達への迷惑、永代料の負担、遠方である等の理由
から先祖代々のお墓を守り維持するのは
現代人には難しいと思われる傾向にある様ですが・・・
相続された山林等への思いも鑑みると手放される思い少々辛く思います
ナベショーさんに最良の方法で解決される事願っています。
私も来年70歳、本当に身近な問題に感じます。


投稿: イクラの母さん | 2015年8月23日 (日) 09時41分

妹さんの告別式に行ってらっしゃったんですね。懐かしい綾部大橋、この橋を2年半くらい通りました。写真で見る山々は変わらないように見えますが、川の水は人それぞれの、悲しいことや嬉しいことの数々を見つめてきたのでしょうか?
本当に悲しいことです…お慰めする言葉は見つかりません。

私たち姉妹も、田舎のお墓をどうするか…悩み悩んだ末永代供養に遷すことにしました。
生前父が希望していたのでお寺様とは話がまとまりましたが、生前に申し込まないといけないのだそうです。
人間いつか死ぬことはわかっていても、何だかなぁ…父が思っていたより随分高くて、残されたものとしては煩わしさが半減しても、懐も寂しくなります。

跡を見るのも、年齢とともに大変です。しかし、ナベショーさんのように思い出のある故郷なら、(それが甘い思いでだけでなくとも)故郷に葬られたいと言うのはわかる気がします。
転勤族は、所詮何処にも本当の意味での故郷はないのです。それもまた寂しいものです。

妹さんの人柄を知っているからこそ、多くの方々が参列されたのでしょうね…合唱

投稿: ロンママ | 2015年8月23日 (日) 11時57分

こんばんわ。
お帰りなさい、お疲れ様でした。

落語で目出度いものは、、「親死に、子死に・・・」なんて言うのが有りましたね。

順序通りに逝くのが、一番目出度いって。。
少なくとも年の順でと、思っていて・・・思いたくて。

小さい頃の妹さんとのやり取りを思い出されておられたことでしょうね。いつもブログで、紹介されていた(郷土の美味しい物)を送って下さる方でしたね。


私の所も、お墓をどうするか問題で頭を悩ませています。
娘たちしか居ないので、私が考えてあげておかないと。


可愛かった妹さんの、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

投稿: アイハートブレイン | 2015年8月23日 (日) 21時10分

keiko s さま
父母はS18年まで、三ノ宮生田神社の門前で時計屋を営んでいました。
幼少の頃、神戸に連れて行ってくれた時、神社の焼けた神木を見たのを覚えています。
keiko sが、三ノ宮生田神社の近くで、、、、世間は狭いものですね。
僕の田舎の山や田は買う人もいなくて、、、毎年税務署におさめるささやかな固定資産税を僕が死んだ後に誰が相続して払い続けてくれるのか、、、これも決めておかねばならぬことなんです。
なんせ、山の檜を伐採できるのは50年後ですので、、、

投稿: ナベショー | 2015年8月23日 (日) 22時28分

野の花2571さま
故郷が遠くなりそう、、、
お墓仕舞をしてしまったら、ほんとに故郷へ行くことも無くなるかも、、、

投稿: ナベショー | 2015年8月23日 (日) 22時35分

North Waveさま
S22年生まれ、、、ちょうど戦後のベビーブームの世代ですね。
せめて10年間、80歳までは元気にいて欲しかったものです。

投稿: ナベショー | 2015年8月23日 (日) 22時38分

イクラの母さんさま
3年前の子宮がんの再発を恐れて、余計にウオーキングに懸命だったようです。
そんなに頑張らなくても良かったのに、、、と。
お墓の問題、、僕自身は墓は要らない、作らない、、骨は斎場から持ち帰らない、という主義なのですが、父母の墓だけは何とかしておかねばならないし、、
60年前に父が木を切って、植林して死に、以後僕が手入れして育てた山、森林組合に依頼して間伐の手入れさえしておけば、50年後には伐採できる、、、それまで誰がわずかな固定資産税を払い続けてくれるかな~、、、まあ、気の長い話です。

投稿: ナベショー | 2015年8月23日 (日) 22時54分

ロンママ様
お父様も嫁いだ娘たちに自分のお墓のことで苦労かけたくないという思いから、永代供養を希望されてたのですね。
先祖代々の墓のお守り、、、今は時代が変わってしまいました。
僕自身は、骨は要らない、墓も作らない主義だけど、父母の墓をどうするか、、、まあ、割り切りですが。
妻が困らないようにはしておかねばと思ってます。

投稿: ナベショー | 2015年8月23日 (日) 23時17分

アイハートブレインさま
そうなんです、、年の順番でなきゃ、、、
以前、故郷のお隣のおばさん、、夫と二人の
息子、その奥さんを先に亡くして、、、、、、85歳のこの年になって、こんな悲しい目に会うなんて、、生きるって辛いね、、と。
妹も、僕に似てグルメ、、
お茶、蜂蜜と山陰の蟹や干物との物々交換してたのに、、、残念です。
お墓の問題、、後に残った者たちが困らないようにしたいものです。

投稿: ナベショー | 2015年8月23日 (日) 23時25分

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